こ、この店は・・・都立大学「鳥はる」(ちょっと長いです)
ああ、まさか自分がこの罠にはまってしまうとは・・・。思考停止の時間帯だったのだろうか。8時30分すぎ。仕事を終えて、ああ今日も疲れたなあ、などとぼんやり歩いて、たどり着いたのが東急東横線「都立大学」駅。このまま帰ると10時近くになっちゃうけど、ビールの1杯でも飲みたい。明日も早いが、1時間くらい寄り道してかえろう。それに適した店は・・・線路に沿って歩いていくと「
れもんハート」がある。う〜ん。人が多いなあ。緑道沿いに左へ歩いていく。バーがあり、すし屋があり・・・。焼き鳥屋がある。この辺りは何度も歩いたことがあるのに、この店には入ったことないなあ。いかにも大衆焼き鳥屋という店構え。足元のみ見えるガラス戸から中をうかがうと、どうやらカウンターだけの店。ビールと焼き鳥何種類かを軽くやって帰るか・・・この時点で、自分はまだ重要な情報を忘れていることに気づいていない。ドアを開ける。「こんばんは。」・・・ん?こ、これは・・・。
明らかに予想と違う。カウンターに座っているのは、やけにセレブッぽい人々。奥からお洒落な中年男性2人組、同じくお洒落な若い女性2人組、いかにも重役らしき貫禄のある男性2人組、それに、男女3人組。BGMはジャズ。それだけではない。全員の前には土瓶蒸しが置いてあり、「これは美味しい」などと感嘆している。「お一人?」と女将さんが言い、頷くと、「じゃあここに。」と空いている角の席を指差す。その角がやけに鋭角なので座りにくいが、仕方がないので座る。
「はい、河豚の白子の茶碗蒸しです。」などとご主人がが一人一人に配り始める。「へえ〜。」とまたまた感嘆の声が上がる。「ビールください。」「ウチは生ビールだけですけど。」じゃあやめます、なんて言うはずはない。「いいです。」生ビール(480円)は無事届いたのだが、メニューがどこにも見当たらない。昔、目黒駅前に元焼き鳥屋だったのだが、一品料理中心に変わってしまった店があったのを思い出す。何をどう注文していいのか迷う。「焼き鳥のメニューは上に書いてあります」と女将さんが言う。確かにカウンターの上に古ぼけた貼り紙があり、そこには「ひな80円、かわ80円・・・」などと書いてある。1本80円という安さ。でもこの中では、誰も焼き鳥なんか食べている人はいな〜い。
注文の仕方がわからないので、じゃあ、とりあえず焼き鳥でも食べて様子を見ようかと考える。伝票を持って女将さんが待っているので、「れば、すなぎも、ひなを2本ずつ塩で。」などと注文する。周りは皆土瓶蒸しなんかを食べているので、なんだか、ものすごい違和感がある。そのうちご主人が、「お刺身は、何が食べたい?」などと他の客に問いかける。「う〜ん、今日は何があるの?」と客が答える。待ってましたとばかりにご主人が「今日もいろいろあるけど、ハモがすごいよ!」と胸を張る。「へえ〜」とまたまた感嘆の声。「待っててください。今からハモをさばきますから!」・・・な、なんなんだよ。
焼き鳥が届く。皿に盛り上がっている串を見つめつつ、寂しさがこみ上げてくる。じ、自分だけ違う・・・。砂肝もごしごし噛みながら、ビールを飲む。ビールは400mlタンブラーなのですぐになくなってしまう。早く食べて店を出たいが、焼き鳥はまだたっぷり残っている。焼き鳥だけぼそぼそ食べるわけにはいかないので、「ビール、お替りお願いします。」と注文。お2人とも遠くで作業中なので、声を張り上げて注文する・・・声が裏返る。
「見てください、この海老芋!すごいでしょう。これが海老芋です。これ、今から唐揚げにして出しますからね〜。これ、美味しいですよ!」とご主人が、カウンターの客を見渡して、笑顔で宣言。「うわー、すごい!」などと女性客がまた感嘆する。そこに2人連れの男性が入ってくる。少しずつお客さんが席を詰めて、角の折り返しの席に座る。これで満員。自分と後から入ってきた客と、カウンターの角の三角部分を分け合うので、皿を置く所が狭い。もっとも焼き鳥の皿しかないのだが・・・。
新しく入ってきた男性客は、ビールを注文。「生ビールしかないんですけど。」「いいです。」「焼き鳥のメニューは上にあります。」・・・ここまでは自分と同じ展開。だが・・・「いいえ、お刺身から食べます。」・・・うっ、情報を得てきていたか・・・。ここで、じんわり思い出した情報がある・・・焼き鳥屋と思って入るとびっくりする店がある。その店のご主人は築地に人脈があり、一品料理に自信を持っている・・・焼き鳥はあるが、「焼き鳥屋じゃない」と言われる・・・こ、ここだったか〜、忘れてたぁ〜。
ご主人が笑顔で、新しく入ってきた2人組に話しかける。「お刺身は何がいい?」「何があります?ハモがいいよ。後はカレイとか、カツオもすごいのがあるよ。」「う〜ん。」「全部食べる?」「ええ。」「ははは、じゃあ、いろいろ出してあげる。」・・・うー。焼き鳥を注文するかどうかで、客を見極めているのだろうか・・・。ご主人が奥からハモを持って戻ってくる。「どうですこのハモ!」・・・確かにすごい。丸々としていて、しかも大きい!それに・・・生きてるのだ!
やっと焼き鳥を食べ終わる。ふぅ〜。ビールも飲み干す。ここで、帰ることもできる。時間ももう9時を過ぎてるし・・・しかし!自分にも意地がある。あのハモ食べずに帰れようか・・・よし、酒を注文するぞ。「すみません。日本酒をください。」「燗はですか?」燗酒は300円なのだ。それは焼き鳥のメニューの横に書いてある。しか〜し、皆、ガラスの徳利で冷酒を飲んでるじゃないか。冷酒、冷酒。「冷酒で。」「はい。」「あと、自分にもハモください。ハモね。」「はい。」よ〜し。
冷酒が届く。「高知の司牡丹です。」「いいですねー。」「お酒は全部で13種類くらいありますから。」「ほー。」・・・よしよし、調子が出てきたぞ。ご主人がハモをさばいているが、手を止めて、皿に何かを盛りつけている。そして女将さんを呼んで「これ、ハモのつなぎにって、あちらに。」その皿は隣の2人組に届けられる。「ほー、うまそー。」目の前にあるので、確認すると、煮こごり、鮎の昆布巻き、鮟鱇の肝・・・。いいなー。自分もハモを待っている仲間だと思っていたが、まだ認められてなかったみたい。2人組のうちの1人が呟く。「うまいよなー。ホント、焼き鳥屋じゃないよな。」・・・その言葉突き刺さってくるんですけど・・・。自分には食べるものが何もない。
さっきの海老芋が揚がった様だ。大きな海老芋がカットされていく。皿が用意される。素早く皿の数を数える。11だ。ここには自分を含めて12人いる。と、いうことは・・・。1人仲間はずれなのか・・・。トイレに行こう。落ち着け。トイレから出てくると、海老芋の皿は自分の場所を除いて全ての客に配られている。予想通り。意を決する。厨房の入り口からみを乗り出して「すみません。」と声をかける。女将さんが「今、ハモが出ますよ。」ハモはわかってる。そうじゃないんだ。叫ぶ。「ご主人!自分にも何か食べるものをください!」・・・し〜ん。一瞬の沈黙。「何か出しましょうか。」とご主人が答える。その言葉、もっと早く聞きたかったぜ。
すぐに隣の2人組と同じ皿が届く。煮こごりを食べながら、一息つく。つくづく美味しいと感じる。ハモが出来上がったようだ。小鉢にハモが盛られていく。順番に配られ始める。そして・・・「どうぞ。」と自分の所にも。嬉しい。これで仲間入り。ハモを一口・・・肉厚なのでがぶっという感じ。大きいが繊細な味。上品な風味が口の中に広がる。酢味噌も穏やかな味だ。美味しい!酒、酒。
「カレイです。」おお、自分も店の流れに乗れたようだ。「塩昆布をつけて召し上がってください。別の世界が広がります。」・・・見ると粗い粉状になった塩昆布の小皿がついている。では、塩昆布をつけて一口・・・もちっとした歯ざわり、淡白な味を塩昆布がしっかりと旨味に変えている。なるほど別世界だ。これはすごい。酒にも合うなあ。
「カツオです。」はいはい。「太平洋のカツオじゃなくて壱岐のカツオです。全く違う味が楽しめます。」ほー。では、一口・・・うん!これは全く違う。香りはおとなしいが、味わいは深い。これは、いい。一切れしかないが、この厚み、味を楽しむのには十分だ。「お酒、お替りお願いします。」「今度は違うのを出しますか?」「じゃあ、出羽桜で。」「山形ですね。」・・・そうそう。うんうん。
お酒と料理を楽しみながら、のんびりしてしまう。はっと、気づくととっくに10時を回っている。しまった!早く帰るつもりだったのに。ご主人が「まだ、何か食べますか?」と尋ねる。「今日はもういいです。ごちそうさま。」他のお客さんは次の料理を待っているようだ。勘定は6000円でおつりが来た。
外に出る。ふぅ〜。「焼き鳥屋だと思って入ってびっくりする店」か。店は見かけによらないといつも言い聞かせてきたのに。それにしても、料理は一部だけ食べただけだが美味しかった。何より、この店のご主人は料理が好きなようだ。今度時間のあるときじっくり来なくては。それにしても・・・戸惑ってしまった自分を振り返ると可笑しくてたまらなかった。
Posted by hisashi721 at 15:16│
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昨夜は湯島のバー"Once Upon a Time"に初めておじゃましました。
はじめて入るお店。【出張日誌】at 2005年09月25日 16:18
失礼とは思いながら笑ってしまいました。
同じような目に会ったことが有りますので。
いつも冷静な寄り道さんがどぎまぎしている様子がよく判りました。
でも凄そうな店ですね。
ここは8年程前に友達に連れて行かれました。
私は事前に情報をインプットされていたので驚きませんでしたが、店構えと出てくる物のギャップは面白いですよね。
5000円ほどなんですね。そのときは友達のおごりだったので値段は分からなく、その後行ってませんでしたが今度再挑戦します。
甲斐路屋さん、こんにちは。
本当にどぎまぎしました〜。
でも、確かに料理は美味しい店ですね。
海老芋が悔しかったです。
BIBさん、こんにちは。
自分もそれくらい前に聞いていたはずなのですが・・・さらにグレードアップしているようです。予算は、自分は一部しか食べていないので(刺身&盛り合わせの皿)5000円くらいだったのですが、普通は料理のみで一万円くらいだと思います。
面白い・・・面白すぎます!
だけど、凄いギャップですね。
もし自分だったら、常連中心の店だと思い、固まってしまい、早く出ることだけを考えていたでしょう。「ご主人!自分にも何か食べるものをください」なんて、寄り道さんは勇気ありますよ。
これから田原坂へ行きます!
ラムちゃんさん、こんにちは。
凄いギャップでした・・・。
それにしても「何か食べるものをください。」っていう台詞も考えてみれば凄いですよね。一瞬の沈黙が重かったです。
田原坂、行きたいなあ〜。仕事中なんです・・・。
でた〜っ!「寿司屋の恐怖」第2弾!トホホ感、最高です。
>何か食べるものをください!
つくづく泣けます。
年末開催予定の寄り道オフ(勝手に決めてますが)の「寄り道 of the year」の大賞候補ですね。
いや、面白い。
文才ありますね。
こんにちは。
私も風の噂に聞いたことがありました。
このお店でしたか。
寄り道さんの轍を踏まず(ふふ)、
いずれ楽しんでみたいと思います。
美味しそうですよね。
でも、料理だけで一万円ですかあ。
いっちゃうと、躊躇いがなくなっちゃうからなあ。
はじめまして。
初めて入るお店の緊張感。
そして入ってみて予想と違った雰囲気のみでだったときのビクビク感がヒシヒシと伝わってきました!
TBさせていただきました。
寄り道さんこんばんは!
どきどきするけどおもしろいお話にゃぁ♪
久々の「とほほ」ネタかと楽しみに読みはじめましたが今回は「と・・」で止まったようですね。
「鳥はる」の近場でいかがですか、連絡してください。
今回もいい話ですねぇ。。。
新しい店にチャレンジする。。。
そのとき最も臆病で、同時に最も勇気がある。。。
さらに!
「何か食べるものをください!」
この一言が言えるところがまた
すばらしい!
そして、ちゃんと予定通りにお店を出れるところが
やっぱりすごい!
たまにはこういった店(高級?)で少し緊張して
うまいものを食べることも必要ですよね。
(最近「カシラ」と「ホッピー」のある店にしか
行ってないんです。。。)
寄り道さんこんにちは。
ついに、「鳥はる」に足を踏み入れましたね(笑)
あの近くにも同名のお店があって、そっちは定食屋を営んでいます。両者の関係は定かではありません。
寄り道さんが入られた「鳥はる」は、まちBBSでも話題にのぼる”常連だけの店”らしいです。
そんな居心地の不安定な店で、しっかり「俺だって客だ!」という自己主張ができる寄り道さんを尊敬します!
ふじもとさん、こんにちは。
「寄り道 of the year」候補にノミネートですね。ありがとうございます。
「寄り道」オフ実現しましたらよろしくお願いします。
ジゲンACEさん、こんにちは。
褒めていただいて、ありがとうございます。
上石神井「こんがり亭」に早く行きたいです。
mesinosukeさん、こんにちは。
一万円以上でも、それだけ価値のある店だと思いました。2・3人で行って、楽しむ店ですね。
焼き鳥は・・・普通でした。
FUKAWAさん、こんにちは。
TBありがとうございます。
入るときの緊張はあまりなかったのですが、入ってから事態に気づいて緊張しました。貴重な経験をさせてもらいました。
まりみるさん、こんにちは。
先日はどうも。
今から考えると、面白かったです。その時は、そんな余裕はなかったのですが・・・。
ゴーテハイネさん、こんにちは。
いやー、自分にとっては十分トホホですよ。
「鳥はる」の近場・・・いいですね。都立大で、近いうちに飲みましょう。
なべっちさん、こんにちは。
「何か食べるものをください!」は魂の叫びでした!自分もそのまま他のお客さんと一緒に、食べ続けたかったのですが、あくまで寄り道ですからねえ・・・帰ってしまいました。
AE86さん、こんにちは。
定食屋の鳥はる・・・なんだか惹かれます。
しかし、やってしまいました。まあ、おかげでハモも食べられたので、よかったですが・・・。
このままでは帰れない、と心から思いました。
寄り道さん、ご無沙汰しています。
「鳥はる」行きましたか。
あそこは、焼き鳥屋の仮面をかぶった割烹ですね。
あれだけの料理なのに安っぽいイスが泣かせます。
勝どきの「立ち飲み割烹 かねます」に近いもんがありますね。
いつ読んでも、このブログは面白いですね。
では、また。
cafegentさん、お久しぶりです。
本当に「焼き鳥」の仮面をしっかりかぶった店ですね。あの椅子はBGMのジャズとも合ってませんね。でも、料理は確かに美味しいです。
「権ノ助ハイボール」もご無沙汰しているので、近いうちに伺いたいと思っています。
はじめまして。。+
吉田類の酒場放浪記、本日放送分で見ました。
このブログ記事を以前に興味深く読んだ私は、今日の放送で店の全貌がわかるのを楽しみ(一見客と常連の壁)にしておりました。
「ここのブログの殺伐感がほとんどないじゃん」というのが感想。類さんも他の店に比べれば、若干店主導のペースにのまれていた感がありましたが、次第にいつものペースで馴染んでいましたね。
このテレビを見て知った人が、寄り道さんのような対応されたら泣くでしょうけどね。
今日の放送では、コースの値段が分かりませんでした。
おいらさん、こんにちは。
吉田類さんの店で取り上げられたんですか。料理、美味しいですもんね。知らないで焼き鳥を注文してしまう客の悲哀はテレビでは伝えられませんもんね。でも、テレビを見てコースを食べにいく人は増えるかもしれません。
はじめまして!
都立大在住んなのですが、毎日前を通っているものの間違いなく
焼き鳥やさんだと思っていました(笑)。
こちらのブログで情報をゲットし、早速いって来ました。
お任せでお願いしましたが、とても美味しく満足しました(^^)
焼き鳥も途中頼みたくなりましたが、やはり邪道のでしょうか?
ななさん、こんにちは。
おお!都立大にお住まいですか。自分もよく行きますよ。
鳥はるの料理は美味しいですよね。「お任せ」でなくてはダメですよね。焼き鳥は・・・なんともいえません(笑)
これからも、よろしくお願いします。
都立大学はメリーズバーとかも行きます。
実は学大の方が出没率が高いんですよ(^^ゞ
それにしても、文章面白すぎです!
かなりの文才があるとみました。
その後は、鳥はるは寄り道されましたか?
私は忘れ去られない内に再訪しようと思っています。
帰りがけに「別に2,3品でもいいんだよー。」などとおっしゃってましたし。
P.S.先日の書き込みは誤字脱字だらけで失礼いたしましたm(__)m
ななさん、こんにちは。
おお、メリーズバー!自分も好きです。コーナーポケットも落ち着きますよね。
学大もかつて住んでいたことのある街なので、いまだに懐かしくてよく行ってます。どこかでお会いしたらよろしく願いします。
「鳥はる」には、ななさんとは逆に、忘れられた頃に行きたいと思います(笑)
自分は都立大学に住んでいるのでよく行きます。
ここはいつも美味しい料理を有難う御座います、と言いたいお店ですね。