2005年09月25日

老紳士の教え・・・自由が丘「金田」

金田台風接近中の土曜日。大井町線経由で自由が丘に戻ってきた。一時的にではあろうが、駅前は風が強くて、雨が吹き付けている。つい先ほどまでは雨は降ってなかったのに・・・。この雨では、すぐに濡れてしまう。駅に近いところに寄り道しようかな。というわけで向かうのは「金田」だ。1ヵ月ぶりだなあ。

ドアを開けて入ると、2つの大きなコの字型カウンターにはお客さんがぎっしり。マスターが「待ち合わせですか。」と声をかけてくれる。「いや、1人なんです。」「じゃあ・・・。」見回しても席が・・・。「・・・こちらに。」えっ?空いてる?示された席は2階にあがる階段の近く。奥から2番目の席。そういえば何となくお客さんの感覚が他より広いような気がする。ぐるっと回ってその席に近づくと、確かに席は空いているものの、座るにはお客さんの間隔が狭すぎる。マスターがさっと近づいてきて「申し訳ありませんが、少しずつ詰めていただけますか。」と声をかけてくれる。それで何とか座れるスペースができる。

右隣は老紳士。いかにも「金田」の客という文化人的雰囲気が漂っている。日本酒をゆっくりと渋く飲んでいらっしゃる。つまみはイカ焼き。盃をすっと持ち上げ口に運ぶ。ぐっと飲んだ後、残り香を楽しむようにゆっくりと盃を置く・・・くぅ〜、様になってるなあ。こういう風に酒を飲めるようになりたい。

マスターがすっと近づいてくる。このタイミングが素晴らしい。「ビール(大630円)お願いします。」この店では大声を出して店の人を呼ぶということがない。いつも程よい時に、程よい位置に立ってくれているのだ。それに、お客さんも静かに飲んでいる人が多く、自然な声で全てが進んでいく。大人の酒場なのだ。ビールとお通しの冷奴が届く。ビールをグラスに注いで一口・・・冷えたビールが心地よい。

ビール

つまみは何を・・・。メニューの紙がカウンターの上にある。隣の老紳士がすっとその紙を自分の所に押してくれる。会釈して、メニューを手元に引き寄せて見る。1カ月前に来た時は穴子のから揚げと伝統の焼き鳥だったなあと思い出す・・・絶品の「胡麻豆腐」にしようか、それとも・・・・。老紳士がお酒をお替り。自分もビールの後は燗酒にしようかな。では、それに合わせて温かいものを。「肉ドーフ(750円)」の文字が目に入る。これにしよう!

「来る時、雨降ってた?」いきなり老紳士から話しかけられる。「降ってました。自分が来た時は、結構強く降ってましたよ。」「台風来るの?」「明日の昼に最接近だそうです。」「来た時は降ってなかったけどな。もっとも上野から来たから、時間差があるな。」「上野?上野から飲みにいらっしゃったんですか?」「いや、上野は展覧会に行っただけ。住んでる所は田園調布だよ。」「ほー、田園調布ですか。鳥?とかに行かれますか?」「あそこは長嶋の店だからな・・・。」・・・アンチか?

「肉ドーフ」が届く。普通の店の「肉豆腐」のイメージとは違い、豆腐と豚肉中心の鍋ものという感じ。小鍋で供される。小鉢にとって、早速一口・・・出汁のしっかりとしたスープがしみこんだ豆腐が、口の中でほろりと溶ける。美味しい!ビール、ビール。このスープで煮られた豚肉もまた味わい深い。ボリュームもたっぷりなので、この一品で他のつまみはいらないくらい。

肉どーふ

「じゃあ、平八はどうですか?」話を続ける。「平八なら40年通ってるよ。」「うわー、40年ですか!すごいですね。」「あそこ、2階が鰻屋だろ。昼だけだけど。あそこの鰻は美味いよ。ちょっと時間はかかるけど、あれは美味い。」・・・食べたい!この方が言うと、それだけで説得力がある。

「金田には、どれくらいですか?」「55年だな。」「ご、ごじゅうご・・・ねん?まだ、この場所に来る前からですか!」・・・金田酒学校だ!山口瞳、伊丹十三をはじめとする作家、画家、大学教授などが、金田の先代に感謝して名づけたという云々・・・「失礼ですが、ご職業は・・・。」「絵描きだ。」・・・完璧!

ビールが飲み終わったので、日本酒(360円)を注文。ついー、と一口。ほわ〜、柔らかい味だ。老紳士の話は続く。「先代の焼いた焼き鳥は本当に美味かったな。今も美味いけど、先代はもっとすごかったよ。」金田の昭和11年の創業時は焼き鳥屋だった。伝統の味。今も焼き鳥は美味しい。

どこかから声が聞こえてくる。「な、いいだろ。この居酒屋。」新しく入ってきた男性客が連れの女性に説明しているようだ。「自由が丘に金田あり、って言葉もあるんだ。」・・・山口瞳の言葉だ。

老紳士が「もう1本飲もうかな。」と呟く。店の女性が、「もう5本飲んでいらっしゃいますよ。6本目いきますか?」と笑顔で尋ねている。5本飲んでいるのか、あんまり酔っているように見えないのがすごい。「うん、飲むよ。でも生ビールにしておこう。」・・・ここで、生ビールとは。「君ももう少し飲むよな。」「ええ、お酒をお替りします。」

「君はまだ若い。」老紳士が自分に言う。「はあ、それほどじゃあ。」「いや、若い。」「そ、そうですか・・・」「若い時は飛べ!飛んで、落ちる経験もまた大切なんだ。だから、飛べ!」・・・さすが芸術家、熱いなあ。「いいな!」「飛びます!」何だか元気がでるなあ。

さて、今日はこの辺で。「自分はもう行きますが。」「そうか。今日は楽しかった。ありがとうな。また飲もう。」席を立つ。老紳士はまだしばらく飲んでいくらしい。乱れず、すっきりと飲み続けていらっしゃる。

外に出る。小雨が降っている。時折、強い風が吹いてくる。空を見上げる。「飛べ!」という老紳士の言葉を心の中で繰り返す。

東京都目黒区自由が丘1-11-4 03-3717-7352

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自由が丘 金田。 別名“金田酒学校”とも呼ばれる、この自由が丘の居酒屋、金田。かねてから行ってみたい居酒屋の中のひとつであったがついに訪問である。
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人ったらし軍団vs『せやし だし巻 京そだち』【編集集団140Bブログ】at 2010年04月11日 01:45
この記事へのコメント
素敵な時間でしたネ。
「居酒屋(大手チェーンではなく)」に
憧れてしまいます。行ってみたいお店は
あっても、女性ひとりでは気が引けたり、
とは言え、知人も敬遠してしまって。
イイナ、ふらりと「ここ良さそう」と
思って入ったりしてみたいです。
出来ないので、寄り道さんのBlogで行った
気分になっています☆ 
Posted by 美姫 at 2005年09月27日 19:13
こんにちは。
金田のディープな席に案内されたようですね。
あそこは、空いていてもなかなか座れませんね。
重鎮に囲まれてしまうみたいで(苦笑)。

しばらく早い時間にいけてないなあ。
ゆっくり一人酒がしたくなりました。
Posted by mesinosuke at 2005年09月27日 19:23
ゆったりとした中で
何か凛としたような感じで
いい酒でしたね
寄り道さんの文章は
本当に自分がそこにいる
ような雰囲気にさせてくれる
から引き込まれます。
これからも楽しみにしています。
ではまた
Posted by yaoshige at 2005年09月28日 19:35
美姫さん、こんにちは。
そう言っていただくと、頑張ろうという気持ちになります。ありがとうございます。
これからも、よろしくお願いします。

mesinosukeさん、こんにちは。
あの辺りの席だと、マスターの立っている位置に近いので、本当に気持ちよく飲めますよね。今回もラッキーでした。

yaoshigeさん、こんにちは。
本当にいい酒でした。いろいろなお店がありますが、どこも個性があって面白いですね。毎日寄り道したくなります。
Posted by 寄り道 at 2005年09月28日 19:51
いい話です。
感動しました。

自分も金田に久しぶりで行きたくなりました。
一人でふらっと。
Posted by ビビンバンビ三 at 2005年10月03日 14:48
ビビンバンビ三さん、こんにちは。
「一人でふらっと」という言葉がピッタリの店ですよね。
飲んでいるだけで、癒されます。

これからも、よろしくお願いします。
Posted by 寄り道 at 2005年10月03日 19:41