寄り道Blog

駅前ロータリーには、雨の跡が残っている。今はもう降ってないのだが、寒さが身に沁みてくる。カラオケ屋のティッシュを配る女の子も寒そうに体を上下に揺すっている。街が冬に変わっている。12月最初の週末はそれでも歩く人は多いようだ。今夜はのんびりウイスキーでも飲みたいな、と思う。

そこで向かうのは「ブリック」。金曜日は遅い時間は込み合うが、8時くらいまでは空いている日もある。今日はどうかな。ケンタッキーの角を曲がる。ブリックの前に携帯電話をかけている人が見える。その人が去った後はひっそりと静まり返る。

店の前に立つと、ドアがさっと開く。ドア係の男性が開けてくれたのだ。「どうも。」と言って中に入り、コートを脱いでいると、「お預かりします」と声がかかる。コートを渡して、カウンターに向かう。L字カウンターには3人のお客さんのみ。一番手前の席に決めて座る。「いらっしゃいませ。」とカウンターの中から声がかかり、自分のボトル「カナディアンクラブ」が前に置かれる。「ソーダ割りでよろしいですか。」「はい。」・・・これで、自分の世界に入る。

お通しは「イカのくんせい」。注文したつまみは「サラミソーセージ」。さて、ソーダ割りを飲みながら、静かに物思いにふけろうか・・・って思ったら、やけに声の大きなグループが奥のテーブルにいるなあ。こっちから見えるのは外国人の男性のみ。聞こえる声は女性の声だ。早口の英語なので聞き取れないが、それにしても声がでかい。・・・んもう〜、静かにのもうと思ったのに・・・でも、こういう状況でこそ平常心を保たねば・・・楽しく飲んでいることはいいことなんだし・・・。外国人の男性が振り向いて、「スミマセン、ナマ、フタツ、オネガイシマス。」と日本語で注文。声がやけに小さいぞ。それでは女性に押されてしまうじゃないか。頑張れ！

しばらくすると、その状況にも慣れ、自分の世界に入れるようになる。カナディアンクラブのようなライトな味わいのウイスキーは、こういうシーンにぴったりだ、などと雰囲気に浸ってると、隣の席におじさんが座る。ぼんやりしていてお客さんが入ってきたことに気づかなかった。その人はコートを着たまま座っている。すぐに「山崎12年」が用意される。「ロックでよろしいですか。」「ああ。ダブルでな。」・・・も、森山周一郎のような声だ。ジャン・ギャバンと「紅の豚」を思い出す。



さらに中年のご夫婦が一組入ってくる。カウンターの真ん中に座って、「水割り」を注文。「ウイスキーは何がよろしいですか。」「角にしてください。」奥様は静かに座っていらっしゃる。2杯の角の水割りが用意され、届けられる。二人は軽く乾杯して一口飲み、グラスを同時に置く・・・奥様の誕生日に夫婦で食事に行き、その帰りに寄ったという風情だな。角は二人の青春の味だったりして・・・。いい雰囲気だなあ。二人はメニューを覗き込みながら、おつまみを検討中。「これがいいんじゃない。」「ああ、それがいいわねえ。」・・・予想はプレーンオムレツ・・・「酢クラゲ、お願いします。」・・・あらっ・・・食事の後だからな・・・勝手に納得してしまう。

次第にお客さんが増えていく。誰かが吸っているタバコの煙が緩やかに流れていく。外は静かだ。外国人の女性は相変わらず元気がいい。彼女が黙ると、かすかにＢＧＭのジャズが聞こえてくる。ソーダ割りは5杯目。これを飲んだら帰らなくては・・・。

席を立つ。コートが届けられる。「ありがとうございました。」とカウンターの奥から声がかかる。「ごちそうさま。」と答えてドアに向かう。

外に出る。ぽつぽつと雨が降っている。冷たい雨だ。駅は近いので、このままゆっくり歩いていくことにする。ロータリーに出る。ティッシュ配りの女の子はもういない。冬の雨は街を静かにする。