忘れられぬ人々・・・長原「環七酒場」
東急大井町線「旗の台」駅。電車を降りて池上線の乗り換え口に向かう。すると周りの人たちが急に走り始める。電車が来たらしい。階段を駆け下りる。ホームには「蒲田」行き電車が入っている。学生服の男子高校生の群れと一緒に、一番手前の車両に駆け込む。ふぅ〜。電車はすぐに発車する。
2分後、電車は「長原」駅に到着。改札を出ると、駅前商店街が広がる。改札を出てすぐのドラッグストアの前では、「カワイ肝油ドロップ」の店頭販売。「ドライアイに効果がありますよ!いかがですか〜。」という声が響いている。甘酸っぱい味を思い出して耳の下がキュンとなる。
商店街をしばらく歩いて、環七に出る。車がひっきりなしに行き交っている。広い道路によって視界が広がる。右に曲がって、また歩く。今日も風が冷たい。天気予報では、もうすぐ雪が降り出すとのことだ。看板の灯りが見えてくる。それがなければ見落としそうな店。「環七酒場」だ。
戸を開けると、奥に向かってカウンターがのびている。左手が厨房。カウンターの奥に1つだけテーブルがある。カウンターの中には2人の男性。奥のほうの年配の方がマスターのようだ。「こんばんは。」と声をかける。カウンターにはずらりとお客さんが座っている。「こちらにどうぞ。」と示された席は奥から3番目。そこしか空いてないようだ。
お客さんたちの背後を通って、席にたどり着く。両隣のお客さんが少しずつ椅子をずらして、自分のスペースを広くしてくれる。コートを後のフックに掛け、鞄を下に置いて座る。そこにマスターが「いらっしゃい。」と言いながらおしぼりを渡してくれる。おしぼりを受け取りながら「瓶ビール(大550円)、お願いします。」と注文。「はい、瓶ビールね!」
ビールとお通し(200円)が届く。お通しは「もつ煮込み」。ビールをグラスに注いで、一口・・・ふ〜、落ち着くなあ。煮込みはどうかな。一口・・・とろとろタイプではなくて、素材の味そのものを行かしている。もつの味に癖がなくて、どんどん食べられそうだ。
お客さんは、50代後半くらいのおじさんが中心で、後は若い女性2人。自分の右隣はおじさん。「こんな立派な青年が入ってくるのは久しぶりだねえ。」と自分の方を向いていう。せ、青年・・・「いくらなんでも、それは・・・。」「ははは。青年、青年。」左隣もおじさん。「この店で何が美味しいか教えてあげようか。」「ぜひ、お願いします。」「う〜ん。」あれ?
ホワイトボードのメニューを見ていたら、さっきの左隣のおじさんが「そうだ。環七鶏鍋なんていいんじゃない?」と薦める。「ああ、そうですね。今日も寒いし。それにしましょう。」「ここはね。なんでも安くて、うまいよ。2000円で飲める店はめったにないでしょ。」確かに300円から500円台のメニューが中心。おじさん、教えてあげると言いながら迷っちゃったんだな。ふふふ。「マスター、環七鶏鍋(550円)お願いします。」楽しみだ。
左隣のおじさんと話しを聞きながら鍋を待つ。「仕事柄、最近は御徒町に行くことが多いんだけど、あそこら辺はいっぱい飲み屋があるでしょ。」「ええ。」「その飲み屋では知り合いがいないから、一人で飲むことが多いんだ。それじゃつまらないだろ。」いや〜、一人もいいですよ。自分なんかいつも一人ですから・・・などとはとは言わず「なるほど。」と答える。「それから、以前大阪にいたんだよね。」「ほー。」「大阪にもいい飲み屋があるよ〜。」「らしいですね。」「でもね。野球の話になって、おれはジャイアンツファンだって言ったら、急にね、それまで黙ってたお客さんまでこっちを向いてね、アホちゃうかって、こうだよ。自由に話せない店もつらいよね。」・・・そ、それは・・・。「まあ、とにかくそういうわけで、一人で来たお客さんには、話しかけることにしてるんだよ。」「ふむふむ。」「でもなあ〜、時々うるさいって怒るお客さんがいるんだよね。」・・・ははは。それにしても優しい顔のおじさんだなあ。他のお客さんも、時々笑いながら、おじさんの話に耳を傾けている。柔らかい雰囲気の店だ。
「環七鶏鍋」が届く。鉄鍋に鶏肉と豆腐、野菜がたっぷり入っている。おおこれはすごい。では、早速、スープから・・・うすい醤油ベース・・・それに野菜と鶏肉のエキスがしっかり溶け込んでいる・・・美味しいよ、これ!では鶏肉を・・・う〜ん、柔らかい。皮の脂もほんのりとした甘味を添えている・・・美味しい。それに暖まるなあ。ボリュームがあるから、どんどんたべちゃお。
「鍋、美味しい?」「美味しいです!」「うれしいねえ。俺が薦めたものを美味しいといってくれるなんて。鶏鍋の他は注文しちゃダメだよ。」「なんでですか?」「ここで抑えとけば2000円以内だろ。」「まあ、でも他も食べたいですから。」「そうだよな・・・。でも、うれしいから、一杯奢るよ。」「ええっ、いいんですか。」「マスター、俺の焼酎で何か一杯作ってあげて。」「はい。レモンか梅か・・・」「レモンでお願いします。」
「どこに住んでるの?」とか「今日は仕事?」とかいろいろなお客さんが声をかけてくれる。それがとても自然で話も店中で展開してくれるので、とても楽しい。左隣のおじさんも他のお客さん達にも声をかけて、話を盛り上げている。店全体が笑ったり、感心したり・・・奢ってもらったレモンサワーを飲みながら、みなさんの会話に耳を傾ける。
焼き物を注文しようかな。右隣のおじさんが食べている「ればタレ焼き」がとても美味しそうだ。自分もこれで・・・「すみません。ればをタレ(2本300円)で。」
奢ってもらったレモンサワーがなくなったので、改めて「レモンサワーください。」と注文。「ればタレ焼き」が届く。こってりとしたタレが大ぶりのればに絡んで、食欲をそそる、そそる。おお〜、早速一口・・・タレの甘味とればのねっとり感が口の中でブレンドされて・・・美味しい!サワー、サワー。
左隣のおじさんは田園都市線沿線に住んでいるそうで、これから遠くまで帰らなくてはならない。「じゃあ、俺はこれでかえるね。また、ここでお会いしましょう。」と言いながら席を立つ。「どうも。ご馳走になって、ありがとうございました。」と答える。おじさんは、お客さんたちに「気をつけてね。」「またね。」と声をかけられながら店を出て行った・・・と思ったらすぐに帰ってくる。ん?「マスター、このお客さんにご馳走した分、俺の勘定に入れてくれた?」「入れましたよ。」「ああ、よかった〜。このお客さんには、またこの店に来てほしいからね。じゃあ。」と言いながらまた店を出て行く・・・じ〜ん。ありがとうございます〜。
自分も席を立つ。「ごちそうさまでした。」「ありがとうございました。また来てくださいね。」すると、お客さんの方からも、「また来てよ。」「待ってるからね〜。」と次々に声がかかる。う、嬉しいぞ。こんな経験初めてだ・・・「はい〜。また、来ます〜。」
外に出る。環七の喧騒が襲い掛かってくる。ここにひっそりと、優しい人々が集まる酒場がある・・・そう思うと、大きな満足感が湧き上がってくる。雪はまだのようだ。
東京都大田区上池台1-44-1-104 03-3729-5170
Posted by hisashi721 at 12:26│
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寄り道様
だいてんです。
池上線沿線への来訪うれしく思います。
池上線は、3両編成でワンマンカー、地下鉄への乗り入れなどまったくなく、まさに東京のローカル線です。それゆえ静かで住みやすい場所であります。
さて、今回御紹介いただいた「環七酒場」という店、名前がいいですね。そして、店の雰囲気もいい。ゆずりあい、邪魔をしない、互いを気づかいながら、楽しい一時を紡ぎ合おうとする静かな努力を怠らない、私にとっての「東京の酒場」の理想型を見せてもらった気がします。
「空気感」という言葉を使ったりして、「雰囲気」までもデザインしようとする、最近のこじゃれた店ではきっと体験できない、「いい雰囲気」が伝わりました。寄り道さんの描写力に助けられながら。
寄り道さんのように、場に溶け込むことが出来るかどうか解りませんが、行ってみます。味わってきます。
待望の大井町線シリーズ(!?)、嬉しいです。
とても素敵な雰囲気のお店ですね。
見知らぬ人の優しさにふれられると、じーんときますよね。
こころがほんわか、温まるというか…。
ボクも、こういう出会いがあるので一人呑みがやめられません。
長原ですか!懐かしいですね〜
私の祖父母が生前住んでいたので小さい頃からよく訪れた街です。
環七沿いにあったロシア料理の店「ソーニヤ」に良く行きました。
どうもです
またまたいい寄り道されてますね
読んでいるこちらも
心がぽかぽかする
文章でした
僕もこんな経験してみたいです
ではまた
これからも楽しみにしています
こんにちわ。旗の台の乗換えが受けました。
東急はどの乗換駅も列車が同時に着くので乗換えが上手くいきませんよね。23時過ぎに10分近く待っている時に何とかならないかとよく思います。
長原の環七沿いですか、全然知りませんでした。
ようこそ長原に
小生環七酒場の直ぐ側に住んでます、
何時も目の前を通り過ぎていました、
お店があるのは知ってたけど入ったこと無かった
良いことを教えて戴いて有り難うです
近々伺ってみます。
処でロシア料理の「ソーニア」懐かしいです大昔良く行ってました、本当に懐かしい
だいてんさん、こんにちは。
「池上線」という曲がありますが、今でもその雰囲気が残ってますね。いい街でした。
「環七酒場」という店名、自分もいいと思います。また、あのお客さんたちに会いたい気持ちでいっぱいです。
uchidaholicさん、こんにちは。
大井町線や池上線の沿線にはいい店が多いですね〜。また時間があればいろいろ回ってみたいと思います。
グループだとそのメンバーだけで盛り上がりがちですが、一人で飲んでいると、たくさんの出会いがあって面白いです。
BIBさん、こんにちは。
おお、BIBさんも長原関係者でしたか。風情のある街ですね。「ソーニャ」ってドストエフスキーの「罪と罰」の登場人物からとった店名でしょうか。いい名前ですね。
yaoshigeさん、こんにちは。
この店での体験は忘れられません。本当に暖かい人たちで、この優しさに酔った感じです。これだから寄り道はやめられません。
furitannさん、こんにちは。
旗の台での乗り換え、周りの人の激走についつられてしまいました。さすが皆さんよくご存知ですね。
長原の環七沿いで、この店を見つけたら是非寄ってみてください。
ビッグダディーさん、こんにちは。
おお、長原にお住まいでしたか!羨ましいです。しかも環七酒場の近くとは。是非行ってみてくださいね。
「ソーニア」っていい店だったんですね。
昨日、環七酒場へ行ってみましたよ〜
常連さんは3人ほど。
やっぱり、私も奢ってもらいました(笑)
その人のボトルには、”山”って書いてありませんでしたか?
でも、とても気さくで、優しくて、明るくて、居心地のいい酒場でした。
ひとりぼっちにならなくて済むんですよねー
自転車で行けるので、ボトルキープしちゃおうかな、って本気で思ってまーす。
AE86さん、こんにちは。
「環七酒場」に行かれたんですね!
居心地のいい酒場ですよね〜。本当に近くに住んでいる人がうらやましいです。ボトルキープしたいという気持ち、よくわかります!
はじめまして。
環七酒場のすぐ近くに越してきました。
近所で一人で飲める居酒屋さんを探していて気にはなってました。
ただ私は20代前半の女の子ですが、それでも一人でも大丈夫そうですか??
はじめまして。
環七酒場のすぐ近くに越してきました。
近所で一人で飲める居酒屋さんを探していて気にはなってました。
ただ私は20代前半の女の子ですが、それでも一人でも大丈夫そうですか??
30代終わりに週二回は行っていた、当時住んでいた経堂の今は無き「朝日屋」。イイチコのポスターの第一作目はその室内。もう、20年も前のこと。内にも外にも辛いことがあって、で、独りぽつねんとやる。
思い出のなかのある夜は、右隣に泣き疲れて突っ伏してる中年女性の一人客。左隣は知障の大工さんの緩やかな愚痴。穏やかに父性を示す今は亡きご主人。
外は冬。ガラスの引き戸のむこうにあるすべてに思いを馳せて、ひととき、退避しているんだ。自分の現実の場所から逃れて、隙間風はあっても温かい店のなかに、黙りこくった頭蓋のなかへと。そうしているうちに、酩酊のなかでようやっと森羅万象のなかに、寒風に揺れるガラスのむこうの植木の影に、疎外された孤独をゆっくり溶かしこんでいけたのだ。
音なき音を聴いている。見えるはずのないもの見ている。アタリメを前に、単純に呑んでるだけではなかった。
井伏鱒二の「へんろう宿」をふと思い出す。幼いときにそこに置き去りにされた老若の女たちが営む宿に遍路や商人たちとともに去来する有象無象に、間違いなくそれの似姿である世界の根っこを垣間見る物語。
一人には背負いきれそうにない荷を、かみ砕いてかい摘んでそっと手持たせてくれる場所であったようなのだ。
さて、今は? 今抱えているものはそんなことじゃあどうしようもないみたいだ。
だから、独りで呑みに行くってこともあまりやらなくなっている。時を経る毎に変わっていくのが自分というものであるようで、その都度、世界というものもどうやら異なって感じられるみたいだ。
ここを見てると、こんな柔らかい気持こそが開ける豊かさは確かにあるんだろうなと思いはじめる。正規にはアクセスできず(!?)DAITEN氏経由で辿り着けた(これこそが読み始め!)環七酒場を(家から5分そこそこだ)ちょっと覗いてみることにしましょうか。
takaさん、こんにちは。
環七酒場には行かれましたか?
あの空間がずっとあり続けると願わないではいられません。
いつか一緒に飲みましょう!
ちょっと言ってみよ お帰りなさい と
やわらかい心の
見えるもののなかに見出すやわらかいもの
時々聴いてみたくなる
そのやわらかい言葉
また を、楽しみにしています
takaさん
大切なことを思い出させていただいて、ありがとうございます。
「また」と言ったのですから、いくら遅くなっても「また」行きたいと思います。