「・・・開店直後の新宿紀伊国屋のエスカレーターの昇り口のわきのところで、僕は一体自分が第三者の眼にはどんな若者にうつっているのかを初めはちょっと相当に気にしながら、激しい夏の陽ざしの中に立っていた・・・」・・・この場所に来るといつも庄司薫の「僕の大好きな青髭」の最初の部分を思い出してしまう。今の自分はどうかというと、別に何も「気にしている」わけでもなく、むしろ、ワクワクしていた。久しぶりに早めに職場を抜け出し、6時30分から紀伊国屋ホールでの講演会にやってきたのだ。
講師はカリスマ体育教師出身で、今は企業の社員教育で名をはせる原田隆史氏。自分は結構ビジネス書や自己啓発本マニアで、その手の本を読みまくっている。とはいえ、それはあくまで個人的な趣味であって、本の内容を実践するとか、参考にして「成功」目指して頑張っているわけではない。だいたい、自分は潜在意識に自分の大望を落とし込むとか、成し遂げたい大望(10億円儲けたいとか)とその実現期限を紙に書いて持ち歩く、などということを面倒くさいと感じてしまうタイプなのだから、10億円どころではない。でも、その真面目さというか、何とか成功しようという志の高さに触れていると、自分も励まされる気がするのである。こんなにがんばっている人たちがいる。自分もどんなに忙しくてもがんばらなくては!っていう感じ。今日の講演者の原田氏も「目標実現シート」なるものを提言している・・・カリスマ教育者だけに志はものすごく高そう・・・ワクワク・・・。
さて、今時間は午後5時30分を回ったところ。開場は6時。せっかく紀伊国屋本店ビルまで来たのだから、ここは久しぶりに、地下の食堂街で食事をしようかな。ということで階段を降りる。この地下食堂街もずいぶん店が入れ替わった。その1軒「珈穂音」にはお世話になったものだ。いいお酒も置いてあるし、食事類もメニューが豊富でおいしい。今日はどうしようかな・・・そうだ、久しぶりに「モンスナック」のカレーを食べてみよう。ここにはカレー専門店が2軒ある。「ニューながい」とこの「モンスナック」。
「モンスナック」の特徴はルーがスープ状であること。食べた時、ゆるいルーが汁っぽくて物足りない感じがするのだが、スープをスプーンですくいながらご飯と一緒に食べていると、だんだんこの「ゆるさ」が癖になってくるのだ。早速、店に入ることに・・・。
U字型のカウンターの右手一番奥の席に座る。向かいには30代くらいのビジネスマン。骨つきの肉が見えるからチキンカレーを食べているらしい。スープ状のルーをせっせと口に運んでいる。こちらのカウンターには若いカップルが一組。シンプルな味で人気の「ポークカレー」だ。壁の周りには有名人の色紙がぎっしり。なんといってもこの店は昭和39年創業なのだ。これだけ長い間多くのファンに支えられているんだから、この味は本物に違いない。
さて、注文は・・・「かつカレー(900円だけど今日はサービスで800円)ね。」とカウンターの中のアルバイト風の若い女性に注文する。ルーがゆるいので、かりっとしたカツがアクセントになるのだ。楽しみ、楽しみ・・・。
カップルと入れ違いに、40代の男性が入ってくる。ポロシャツ姿だが、眼鏡と髪型がサラリーマン風。夏休みがとれたので、久しぶりに新宿で本を買って・・・そうだ!学生時代に良く食べたあの店に行ってみよう、と思って来てみた・・・という感じ。懐かしそうに周りを見回しながら、「ポークカレー」と注文。注文すること自体が懐かしいなあという表情だ。こういう久しぶりに来てみて、昔の店がまだあるのを見つけたときは嬉しいんだよなあ、などと無理やり共感する。(実は全然違ってたりして・・・)
「かつカレーです」・・・来ましたよ、来ました!アーモンド型のご飯の塊が島のように、スープっぽいルーの海の中に浮かんでいるという感じ。薄いカツもこのカレーに合うのだ。さて、一口、スープをすくって・・・う〜ん、これこれ。決して薄い味じゃない。しっかりとしたカレーの香り。それでいてスープだからすっと喉を通る。そして、ご飯と一緒に・・・完全に汁かけご飯だけど・・・この食感がまたいい。おいしいなあ!ここで、カツを・・・かりっと揚がった薄いカツの油が口の中に広がる。これがまた、スープのルーを引き立てる。いいぞ、いいぞ。ポークカレーを啜っている男性客も夢中だ。いいなあ。
食べ終わって、店をでる。さて、講演会だ。4階まで階段を上る。紀伊国屋ホール前は、びしっとしたスーツ姿のビジネスマンであふれている。どの顔も、そこそこ成功してるけど、まだまだ・・・という表情だ。さらに上を目指す姿勢が表れている。ビジネスの世界は実力主義!う〜ん、厳しいなあ。・・・でも、「モンスナック」の「ゆるいカレー」のように、目立たずとも静かに実力を発揮するという道もある。なんてったて40年も続いているんだから・・・などと「ゆるい」実力の発揮の仕方に少し思いを馳せながら、チケットを取り出して入り口に向かう。