中野駅北口ロータリー前、午後7時。やや強めの雨が降り続いている。駅前広場は傘で埋め尽くされている。さすがに10月に入って、この時間になると肌寒い。その中でも、まだ半袖のサラリーマンが数人歩いていて、夏の名残をほんの少し感じさせている。ロータリーを横切る傘の流れに乗って、サンモール商店街側に渡る。
歩道が雨に濡れて、証明を映して光っている。ブリックの入り口は相変わらず、別の世界の酒場のようにひっそりとしている。ドアを開けると、4人のバーテンダーが一斉に「いらっしゃいませ。」と声をかけてくれる。カウンターにはずらりとお客さんが並んでいる。奥の方にはいつもの常連さんたちが5人程並んでいる。手前には、2人組と1人客。常連グループと1人客の間の席に座る。
すぐに自分のボトルが用意される。「ザ・グレンリベット」だ。「今日は、最初にモルツを。」「モルツですね。」氷の中に冷やしてあるモルツの小瓶が取り出される。グラスがコースターの上に置かれ、ビールがゆっくりと注がれる。細かい泡がグラスの表面を滑らかに覆う。「どうぞ。」「どうも。」・・・では、一口・・・独特の芳香が口の中に広がる。
この夏は忙しかったのだが、疲れをいやすために「ブリック」にはよく通った。そこで決まって飲んだのがこのモルツの小瓶。氷で直に冷やされているので、冷蔵庫から出てくるものより冷たい。それが喉を通るときのうまさは何物にも代え難い。疲れがスーと引いていくようだった。このカウンターでビールを飲み、仕事の残りの書類を読む・・・こうして過ぎていった夏だった。
右隣の1人客はハイネケンをゆっくり飲んでは、煙草を吸っている。ショートピースだ。紫の小さな箱の上を人差し指で軽くたたきながら、思い出したようにグラスを口に運んでいる。BGMのジャズのリズムを取っているのだろうか。右隣の常連さんたちは、店の雰囲気をこわさないように気遣いながらも、話は盛り上がっているようだ。
ビールを飲み終える。それでは・・・「ソーダ割で。」「はい。」・・・グラスにウイスキーが注がれ、ソーダの栓が抜かれる。グラスにソーダが注がれる。泡のはじける音がかすかに聞こえる。「どうぞ。」「どうも。」・・・では、一口・・・口の中で香りが湧き上がっていくようだ・・・そして優雅な味わいが口に広がる。う、うまい・・・。
何かつまみを・・・「グリルドサンドをお願いします。」と注文する。左隣の男性は角の水割りに移っている。ペースが上がってきたようだ。入り口側の2人客はどちらも50代後半だろうか。片方の男性が恐妻家らしく、奥様の話で盛り上がっている。「よく虎の夢を見るんですよ。」「ほー、めずらしいですね。」「その出てきた虎に襲われるんですよね。」「ふむふむ。」「だからね。蹴るんですよ。その虎の頭をね。」「なるほど。」「するとね、女房が眼を覚まして、怒るんですよ。なぜ、いつも私を蹴るのって。」「ははは。」・・・ぷっ。
グリルドサンドが届く。これも夏にはよく食べたなあ。では、一口・・・サクッと焼けたパンにコンビーフとタマネギの和え物がよく合う。軽い食事でもあるが、つまみとしてもとてもいいのだ。もう一種類はハムのサンド。これもまた美味しい。 恐妻家の男性はオニオンスライスを注文。この店のオニオンスライスには生玉子の黄身が落としてあるのが特徴だ。
相変わらず雨は降り続いている。窓の外を傘をさした人が歩いていく。少し迷って、ウイスキーのお替わりをする。5杯目だ。心地よい酔いがゆったりと体を包んでいる。右隣の男性のタバコの煙がゆらゆら天井に向かってのぼっていくのを眺める。
さて、この辺で。「ごちそうさま。」席を立つ。「ありがとうございました。」常連さんたちも、2人組も、1人客の男性ももう少し飲んでいくらしい。
外に出る。季節の移り変わりを味わう余裕もない毎日だが、こうして街を歩いている時にふと立ち止まれば、時間はその速度を緩めるようだ。「巷に雨の降るごとく われの心に涙ふる」・・・か。ヴェルレーヌの詩が水のように心に流れる。秋の夜の憂いも、また人生の味わいなのだろうか。
Posted by hisashi721 at 10:50│
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