1月1日水曜日。渋谷駅東急プラザ前。時刻は午後9時を回っている。11月とはいえあまり寒さを感じない。気持ちのいい夜だ。いくら仕事が忙しいといっても、こんな夜はどこかに寄り道したいもの。思い立って電車を降り、渋谷の街に出て来た。こんな夜にぴったりの店は・・・「芝浜」だな。
古典落語の演目に「芝浜」というのがあり、それによるとかつて芝の浜に魚河岸があったとのこと。渋谷の「芝浜」も刺身の美味しい店として有名だ。落語といえば「芝浜」という演目は三代目の桂三木助が得意としたらしく、ipodのオーディオブックを購入して聴いてみると、さすがに当時の芝の浜の情景が眼に浮かぶような名演である。自分もその浜辺で海の夜明けを見てみたい気持ちになる。・・・海ってやつは広いんだねえ・・・って。
井の頭線の高架の下を抜け少し歩いて曲がる。パチンコ店や飲食店が入っている雑居ビルが並んでいる。その一角に入るとすぐに渋い看板が見える。店はビルの3階にあるので、外階段を上ってゆく。するとすぐうしろを男性が上ってくる。あれっ?もしかして・・・店の入り口は開け放してある。今日のような気持ちのよい夜は外気を入れるのがいいよな、などと思いながら店に入る。後ろの男性もすぐ後に続いて入る。まるで2人組が入ってきたようなタイミングである。慌てて人差し指を立てて、「1人です。」
店はカウンターと大きなテーブルが三つ。テーブル席はそれぞれ2人客が座っている。カウンターは7席中5席が埋まっている。2人客が2組と1人客だ。カウンター席に座ろうとするが・・・2人ともカウンターに座るとちょっと窮屈かな。すぐに女将さんが、「あちらの席もゆったり座れますよ。」右手の大きなテーブルを示してくれる。2人客が並んで座っているけど、残りのスペースは広い。後ろの男性と顔を見合わせる。「どうします?」「カウンター席がよろしければ、私はテーブルの方にしますけど。」「すみません。」・・・ということで自分はカウンター席に。
「ビール(エビス中550円)ください。」と注文。「はい。」・・・女将さんは、大きな声を出さない。それでいて気持ちはしっかり伝わってくる。静かで、そして暖かいのだ。初めてこの店に来たのは、もう6年も前のことだが、その時からその姿勢は変わらない。雑誌に何度も載り、有名店になっても何も変わらない。
ビールとお通しが届く。お通しは「お多福豆と刻み穴子、昆布の煮物」・・・ビールの前にお多福豆を一つ・・・ほっくりと煮えている。独特の甘みが疲れを解きほどいてくれるようだ。で、ビール。グラスに注いで一口・・・ふ〜う、美味しい!
カウンターの上の小さな黒板を見上げる。「今日の刺身」。この店の刺身はどれを食べてもはずれはないのだが・・・。左隣の一人客が「関さば、まだある?」と問う。女将さんが、カウンターの中で黙々と仕事をしているご主人に確認。「ごめんなさい。」「じゃあ、金目といか。」「はい。」・・・自分は・・・気仙沼産のかつおがあるなあ。これ、脂の部分が美味しいんだよなあ。まぐろのトロに勝るとも劣らない味。ここで食べとかなきゃあ・・・「かつお(900円)、お願いします。」
テーブル席の中年の二人組から「奴奈姫ね。」という注文が入る。「奴奈姫」は繊細な吟醸香が特徴の銘酒だ。この店には「奴奈姫」を飲みに来るお客さんも多い。右隣の自由業風の2人連れは燗酒を大きなお銚子でもらって、ゆっくり飲んでいる。お客さんも大きな声を出す人はいない。渋谷にも静寂が似合う店があるのだ。
「気仙沼かつお」が届く。う〜む。この切り身の風格はどうだろう・・・ぼってりとした重みが箸を通じて伝わってくる・・・早速一口・・・ほー、普通のかつおと全然違うよ〜、香りが細やかで、そして味わいが深い。美味しい・・・ビール、ビール。で、トロの部分を・・・ぐお〜、溶ける〜、それでこの甘みを含んだ脂の旨さ!酒、酒を注文しなくては〜。
「〆張鶴(純750円)お願いします。」・・・ここはすっきりとした味わいの酒で。それにしても、この店の刺身はさすがだな。「〆張鶴」が届く。では、早速一口・・・ふ〜、このまろやかさ・・・後味のすっきりしたキレ・・・美味しいなあ。じっくり、1合いただきますか・・・。ふ〜。
のんびり飲んでいると、時間がどんどん過ぎていく。10時近くなって、カウンターの2人組とテーブル席の2人組が席を立ってお勘定。じゃあ、もう1本飲んで終わりにするか。じゃあ、好きな酒で・・・「眞澄(純米吟醸550円)、お願いします。」・・・で、つまみも「小肌(平戸産500円)も。」「はい。」柔らかい声が返ってくる。
「眞澄」が届く。一口・・・しっかりとした味。美味しい日本酒はこういうものだという感じ。いいなあ。ついで、小肌が届く。一口・・・身がしっかりと厚みがある・・・酢がいい味・・・すっぱさをぐっと抑えて、昆布の味を強調している・・・それが小肌の旨みを引き立てるように包み込んで・・・美味しい!酒、酒、酒。
時間は10を回っている。さて、席を立ちますか。「ごちそうさま。」「ありがとうございました。」・・・暖かい声に送られて店を出る。
ゆっくり駅に向かう。ああ、いい時間を過ごせたなあ。寄り道はこうでなくては・・・。落語の「芝浜」は断っていた酒を飲もうとして、「よそう。また夢になるといけねぇ」と盃を置くところで終わる。心地よい時間は、夢なのか、はたまた現実なのか。街の灯りが眩しい。
東京都渋谷区道玄坂2-6-2 美奈津3F 17:00〜22:30 日祝、第1・3・5土休
Posted by hisashi721 at 22:28│
Comments(3)│
TrackBack(2)
おいしそう【美食家の集い】at 2006年12月06日 13:01
今日のご飯はこれだ【今日の晩ご飯】at 2007年01月02日 16:54