寄り道Blog

冷たい雨が街路樹を濡らしている。通りを走り抜ける選挙カーが中野区議会議員候補の名前を連呼している。風はずいぶん収まってきた。午後7時30分。小路を進んで、見慣れたドアの前に立つ。傘をたたんでドアノブを引く。カウンターには女性客が一人。「いらっしゃいませ。」とマスターが笑顔をこちらに向ける。「こんばんは。」月曜日のペルルは静かだ。

自分のボトルが出てくる。ちょうど一週間前に持ち込んだスコッチ。「氷は一緒に使ってください。」とマスター。客は二人だけだからというのもあるが、この店ではみんなが一体感を持って過ごすという雰囲気を大切にする。一人渋くというのは、できないようになっている。

「これＳさんの、ハワイ土産です。」とナッツが出される。「Ｓさん、ハワイに仕事で行かれたんですか？」「いや、家族旅行らしいですね。」・・・というやり取りをしながら、ナッツをつまむ。ソーダで割ったスコッチがすっと喉に入ってくる。ふ〜。こんな感じで飲めるのも地元のバーならではだなあ。

ところで、マスターは今度の日曜日で80歳。金曜日、土曜日はいつもの誕生日にも増してお店には大勢のお客さんが駆けつけるはず。お祝いの会も計画されている。週末はまた忙しくなりそうなので、今日一週間早く「おめでとうございます。」を言わせてもらう。「いやー、めでたいのかどうか。」と例によってマスターは笑顔で照れている。

「あら〜、お誕生日なんですか？80歳？素晴らしいわー」と先客の女性が大きな声で感嘆する。「じゃあ、お祝いをしなくては！プレゼントさせてくださいね。」自分より早く飲み始めているから、若干テンションが高いのだ。「ワインかシャンパン・・・なにがいいですか！本当に素晴らしいわ〜！」・・・この女性はソムリエなんだそうである。

そこにＫさんが入ってくる。「いや〜、寒いね。」「どうも。」Ｋさんとは最近よく会う。でもそのたびに「久しぶり！」と言われる。自分は懐かしいタイプなのか・・・などと思ってしまう。カウンターに3人並んで飲み始める。こういうときはテンションの高い人が話題の中心になるもので、「生まれて初めてボトルを入れたのよ〜。」と角瓶を持ち上げる彼女のペースで時間が流れる。

そういえば、マスターが80歳と聞いて思い出したことある。「そういえば、話し方の研修会があったんですが、その時の講師が三笑亭笑三という落語家だったんですよ。」「ほう。」「その笑三さんが確か大正14年生まれの83歳。2時間くらいの講演をたったまま平気でこなして、声も張りがあるし、もう元気そのもの。」「へえ〜」「やっぱり、スマートで、なんとなくマスターと同じタイプ。」「ふむふむ。」「で、最後に質疑応答ってなると、どうしても、『どうしてそんなにお元気なんですか？』っていう質問がでますよね。」「で、なんと答えました？」「頭を空っぽにして、あとは死なないように注意してればいいんです、って。」「ははは、うまいこというなあ。」

月曜日担当のアルバイトの女性Ｍさんが入ってくる。「こんばんは。」・・・8時30分を過ぎている。外はまだ雨が降っているようだ。もう少し飲んで行こうかな。先客の女性はチョコをつまみながら「このお店は、本当にいいですね〜！」と上機嫌。Ｋさんも笑顔が耐えない。マスターはグラスを磨いている。今夜は、ソーダ割りあと3杯かな。