2007年04月29日

雨上がりの街で・・・五反田「たこ平」

たこ平昼下がりに突然の雷雨。仕事で移動中だった自分は、ずぶ濡れになってしまった。それでも仕事を済ませて、夕暮れを迎える頃にはなんとかスーツも乾いた。GWの一日目、土曜日ということで、街は静かだ。大通りからビル街に入っていく。この辺りに、以前入ったことのある店があったのだが・・・。ビルとビルの間にぽつぽつと店がある。しかし、その店は見当たらない。ああ、なくなってしまったか・・・。

さて、じゃあどうしようかな。そういえば、心引かれる店構えの居酒屋があったよなあ。確か、この道を右に入って・・・ああ、あった、あった。「おでん」と書かれた赤提灯。店の名前は「たこ平」。紺の暖簾が雨上がりの街に揺れている。この店に入ってみようかな。

ドアを開けると、カウンターだけの小さな店。入り口に一番近い席には女性客が一人。カウンターの中には、白髪の職人風のマスターが一人。「こんばんは。」「ああ、いらっしゃい。」真ん中辺りの椅子を引いて鞄を置く。隣の椅子を引いて座りながら「ビールください。」と注文する。「ビールね。」とマスター。とにかく静かだ。

ビールが届く。サッポロ黒ラベルの大瓶だ。グラスに注いで・・・一口・・・といわず一気に飲み干す。はあ〜。うまい!「すごい雨だったわね。」と女性客。「いきなりだったからね。」とマスター。「ちょうど歩いてて、濡れちゃいました。」と自分。「あら、外にいたの。大変。私はビルの中から稲妻を見てただけだけど。」と女性客。「短時間でずぶ濡れです。」と自分・・・。雨の話題で店の3人が打ち解ける。お通しは「おひたし」だ。

ビール&お通し

壁に貼られた短冊のメニューを見ていると、「お刺身なら、まぐろの中落ちがあるよ。」とマスター。「じゃあ、それで。」・・・ビールを飲みながら、中落ちを待つ。奥のガス台の上に乗っていた茄子が焼きあがる。「あら、私の方が早くできちゃったのね。あちらのお客さんのを先にやって。おつまみがないでしょ。」・・・心遣いが嬉しいぞ。「大丈夫です。お通しがありますから。のんびり飲んでます。」と答える。茄子は冷めると皮が剥きにくくなるしね・・・。

中落ちが届く。では、一口・・・山葵をのせて・・・おお!脂がすごくのっているなあ・・・口の中でとろける・・・これは美味しい!ビール、ビール。「雨がやんで、急に気温が下がったわね。」と女性客。「そうだね。風邪をひかないようにしなくちゃ。」とマスター。女性客は焼酎の水割りを飲んでいる。「お客さんのスーツはもう乾いたのかしら。」「乾きました。ちょっと湿り感は残ってますけど・・・。」「風邪に気をつけてね。」「お酒に燗をつけてもらって飲みますから。」

なかおち

「お酒。燗してください。」と注文。「はい。」マスターがお銚子を薬缶の中に入れる。じゃあ、お酒に合うつまみを・・・「ふき味噌、お願いします。」と注文しつつ、残りのビールを飲み干す。女性客も「焼酎、お替りね。」・・・かなりお酒には強いようだ。

燗酒が届く。では、一口・・・ああ、身体にしみていくよ〜。もう一口・・・ふ〜、美味しいなあ。届いた「ふき味噌」を一口・・・ほんのりとした苦味がまたいい。いくらでもお酒が飲めそうだ。酒、酒。・・・「外回りは大変だね。」とマスターが声を掛けてくれる。「外回りじゃないんですけど、たまたま雨が降り出したとき外にいたもので・・・」と答える。マスターも気を遣ってくれている。

お酒

そこに年配の男性客が入ってくる。ドアを開けて呆然とした様子。「なんで、こんなに静かなの。今日は予約制?」「いや、そんなことないよ。どうぞ。」とマスター。「そう。今日は小学校の同期会でね。昼間から飲んじゃって・・・。」「ご機嫌だね。お酒はどうする?」「せっかくだから、飲むよ。それから、なんでもいいから美味しいもの食べさせてよ。」・・・常連客らしい。自分と女性客の間に座る。

「大将、おかあさんは?」「ちょっと、身体の調子が悪くてね。」「そうかい。女の人は、男が駄目なとき頑張ってきたからね。うちのも調子悪いよ。でも、俺は元気だからね。今日の同期会でびっくりしたよ。みんなよぼよぼだもんね。俺が一番若いよ。」「ははは。」「お客さんはどう思う?俺は77歳なんだ。」と女性客の方にを向いたが、女性客が知らん顔で焼酎を飲んでいるので、今度はこちらを向いて「どう?」と問う。「77歳には見えませんね。」と答える。実際10歳は若く見える。「そうかい。そうだろ。」上機嫌である。

「お酒、お替りお願いします。」「はいよ。」・・・今日は2本飲んだら帰ろう。やっぱり風邪をひきたくないからな。などと思いながら、ふき味噌を口に入れる。それにしても、美味しいなあ、これ。

なかおち

「俺の息子はすごいんだよ。小さいときから頭がよくて、しっかりしててねえ。今度社長になるんだ。40代でだぞ。」と男性客が自分に話しかける。「それは、すごいですね。」と答える。「そ〜だろ。」とこちらに身を乗り出してくる。「会社の名前を言うと誰でも知ってるぞ。」「はあ。」「そうだ。できた息子でね。でもね、会社の人に言わせると、冷たくて怖い男なんだって。競争に勝ち抜いてきたからね。俺はいつも言ってきたんだ。部長までなら誰でもなれる。でも社長は一人だけ。競争に勝たなきゃだめだって。」

2本目のお銚子が届く。一口・・・今日はまた格別に美味しく感じる。やっぱり、身体が冷えていたんだろうか。隣の男性客の息子自慢はさらに続く。「結婚もしないんだ。厳しい世界だからね。すごいんだ。たいしたもんなんだ。息子が社長になったら、俺、もう変なことできねえな。」周りには恐れられて、厳しいビジネスの世界だからっていう理由で結婚もしないんじゃ、社長になっても寂し人生じゃないですか・・・って普通なら反論してるかもしれない。でも、自分はこの息子自慢のおじさんが憎めなくなってしまった。

なぜなら、本当に嬉しそうに息子を褒めるから。自分の父親は早くに亡くなってしまったのだが、その父親のことを思い出してしまったのだ。自分の父親も、こうして飲みながら、やはり息子の自慢なんてしてたんだらろうか。いや、自慢するほどの息子じゃないから、そんなことはなかっただろうが。自分も自慢の息子だったらよかったなあ。そうしたら、自分の父親も、こんな風に嬉しそうに、初めて会った男に息子を自慢してたんだろうか・・・。ふと、こんなことを考えたのだ。「いい息子さんをもって、幸せですね。」と心から言う。

お酒を2本飲み終わって、席を立つ。おじさんが「え〜、さびしいよ。」と言ってくれる。おじさんが入ってきてから、ずっと黙って焼酎を飲み続けていた女性客が「お気をつけて。」と声を掛けてくれる。マスターが「却ってすみませんでした。」と言ってくれたのは、おじさんの相手が迷惑だったろうという意味だろうか。・・・とんでもない。久しぶりに父親と飲んでいるみたいでしたよ・・・という気持ちをこめて「ごちそうさま。」と言って外に出る。

暗くなった街の所々が光っている。ああ、雨が降っていたんだと、改めて思う。ビル風が肩の辺りを過ぎていく。なんだか父親に励まされているような気がした。

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この記事へのコメント
なんとも、心にしみる熱燗。。再会できて嬉しいのは、海外に居るわたくしだけではありません、コメントは送らずとも、寄り道さんの寄り道を静かに待っていた人は数しれず。再会できて、とても嬉しいです。ところで、たこ平さんに、蛸のおすすめ料理は。。。?
Posted by vodka at 2007年04月29日 22:58
vodkaさん、こんにちは。

「寄り道」を待ってくださってありがとうございました!このようなコメントをいただき、感動しています。これからもよろしくお願いします。

「たこ平」には「たこ刺し」がありました。その他は、「おでん」でしょうか。「たこ刺し」を食べればよかったと思います。
Posted by 寄り道 at 2007年04月30日 17:42
ずっと故郷を離れて、父とも離れている自分としては
ぐっと来ました。
自慢できる息子にはなれそうにも無いけど、
久しぶりに今年、帰省する予定です。

寄り道さん、どんなに間が空いてもいいから
長く続けてくださいね!
Posted by かわばた at 2007年05月02日 04:18
素晴らしい記事をいつもありがとうございます。
今日のはさらに、涙がこぼれそうでした。。

いつもおジャマさせていただいています。次のアップもゆっくり待ってます。お体に気をつけて、これからも続けていってください。
Posted by lara at 2007年05月02日 05:28
かわばたさん、こんにちは。

ありがとうございます!
長く続けます!

こういう出会いがあるから、酒場寄り道はやめられません。
これからもがんばります。よろしくお願いします。
Posted by 寄り道 at 2007年05月02日 15:51
laraさん、こんにちは。

いつも読んでいただいて、ありがとうございます。
更新もいつあるかわからないようなブログなのに・・・。本当にありがとうございます。

laraさんコメントを胸に、がんばります。
Posted by 寄り道 at 2007年05月02日 15:54
寄り道様

だいてんでございます。
五反田の「たこ平」、このお店は知りませんでした。仕事場が近いので今度行ってみます。

久しぶりの「寄り道さんの世界」が戻ってきた感じですね。私はたくさんいる仲間たちと必ず二人〜三人で居酒屋に入ってしまい。一人で店に入るということがほとんどありません。一人で居酒屋を訪ね、そこにいる人たちと交流する。これこそが居酒屋探偵の本来の姿では?と反省させられます。

追伸 私のブログにリンクさせていただきました。よろしくお願いします。



Posted by だいてん at 2007年05月06日 18:06
だいてんさん、こんにちは。
自分の場合は、あくまで「寄り道」なので一人であることが多いのです。
連絡を取り合って寄り道するというのは、あまりないですもんね。
確かに、一人だと出会いの楽しみが増えます。何もないときもありますが・・・。
Posted by 寄り道 at 2007年05月07日 11:21