寄り道Blog

11月半ばのちょっと寒い夜だった。その夜、冷たい風の中を、野方駅から10分ほど歩いてバー「ピュア」に入った。時間は、午後9時過ぎ。カウンター奥のいつもの席に落ち着いて、生ビール（400円）を飲みながら、マスターが「これくらいの時間に来るのがいいね。」と人懐っこい笑顔で話すのに応じていた。「誉めてつかわす。」「ははぁ。」などとふざけながら・・・。

先客は常連の方一人。いつものように「カウンター真ん中やや奥より」の席で、飲み物は「ジンリッキー」だ。静かにグラスを傾ける姿に風格を感じる。外の黒板に「ボジョレー・ヌーボー解禁」と書いてあったのを思い出して、ビールの後は「ボジョレー・ヌーボー（グラス680円）」を注文。マスターが大きめのワイングラスに気前よく注いでくれる。「はい、大盛り。」「どうも。」

食事をしていなかったので、「牛スジの洋風煮込み（680円）」を注文。これはつまり牛スジのシチューなのだが、とろとろの牛スジがたまらなく美味しい。「いつもながら、美味しいですね。」「そうでしょ。このスジは下手な肉より、数段美味しいからね。」などと会話している時、一人の男性客が店に入ってきた。

その人は、ドアを開けるとちょっと戸惑ったように店の中を見て、「この席いいですか。」とつぶやいた。マスターには聞き取れなかったようで、「何ですか？」と聞き返した。もう一度その人は一番ドアに近い席を指差して、「この席いいですか？」と言った。「ええ、どうぞ。」その人は携帯が気になるらしく、携帯のディスプレイを見ながらその席に座る。20代後半くらいだろうか。

ピッ、ピッという電子音が聞こえる。携帯のボタンをせわしなく操りながら、その人はなかなか注文をしない。メールを確認し、メールを送信し、留守電を確認する・・・。やや不自然な空気が店を覆い始めたころ、「マスター、強くて口当たりのいいカクテルを何かお願い。」とその人はやっと口を開く。

マスターは迷わずカクテルを作り始める。店の空気が元の落ち着きを取り戻す。マスターがグラスにカクテルを注ぐ。その人が一口・・・「おいしいね。」と言う。「なんていうカクテル？」「バラライカ。結構強いよ。｣・・・ウォッカが２分の１入っているんだっけ？ロシアっぽい名前のカクテルだ。・・・このタイミングで常連さんが席を立つ。ジンリッキーは5、6杯くらいだろうか。

何杯目かのヌーボーをおかわりした頃、相変わらず携帯に熱中していた入り口近くの客が「ちょっと電話かけてきます。」とドアを開けて外に出て行く。外の冷たい空気が少し流れ込んでくる。・・・「今年のヌーボーは、まずまずだね。」とマスターが自分に話しかける。「酸味が控えめでいいですね。」と答える。外から客が帰ってくる。また、メールの作成を始めたらしい。

何度か電話をかけに外に出て行った後、その客は「マスターのおすすめのカクテルを何か作って。ロングで。」と注文。マスターはシェイカーを用意する。・・・「ボストンクーラーです。どうぞ。」とマスター。一口・・・「飲みやすいね。」・・・ラムベースのこの店では人気のカクテルだ。・・・「これから、仕事の話で女性がくるんだけど、ノンアルコールの飲み物あります？」「ソフトドリンクですか？」「ジュースとかを混ぜて・・・。」「ノンアルコールのカクテルですね。できますよ。」・・・人を待っているのか・・・。

ワインからウィスキーに切り替えることにする。この店にはいい酒がさりげなく置いてある。棚を眺める。「グレンファークラス21年」と、「アズミル」がビールサーバーの近くに置いてある。棚の上のほうには「スプリングバンク」が・・・。向うの方には「ジョージア・ムーン」だ。スコッチとバーボンとで迷ったが、結局、棚の真ん中辺りにある「アベラワー」にすることに。「マスター、アベラワーをオンザロックで。」

「アベラワー」のオンザロックが届く。「これも大盛りで。」とマスター。3ショットくらい入っている大降りのグラスが嬉しい。「最近、飲むのが早くなったね。」とマスター。そうなのだ。飲む時間が少なくなったので、短い時間で飲んでしまおうという心理が働いて、ピッチが早くなってしまった。この前来た時なんか、隣のお客さんに「大丈夫ですか？」って心配されたもんなあ・・・。携帯の客に電話がかかってくる。「野方のね・・・」と答えながらドアの外に出て行く。いよいよ待ち人が来るのか・・・。

ウィスキーをゆっくり飲んで、さてこの辺で。待ち人はまだ来ないようだ。時刻は10時30分近く。遅いなあ・・・他人事ながら心配になる。あれから随分経つからなあ。勘定を済ませて、外に出る。冷たい風が吹いている。野方駅に続く道をはるかに眺めてみるが、歩いてくる女性はいない。一人になったあの客は、もうしばらく携帯からk解放されそうにもない。