2009年10月27日

幻のグラウンド・・・中野「ブリック」

DSC01918台風が近づいている。今日は朝から冷たい雨が降っていた。夕方、一時あがったものの、中野駅に着いたら、やはり降り始めている。午後8時少し前、北口ロータリーは傘をさした人々が行き交う。風はそんなに感じない。

先週は鷺ノ宮「ペルル」の旧店舗での最後の営業ということもあって、中野には足を向けなかったが、今日は久々にいつものバー、「ブリック」に向かっている。ここ3年くらい週に4、5回は通っている店なので、一週間ぶりなのに久しぶりという感じがする。肌寒い一日ではあったが、疲れを癒すために、やはり最初はビールが飲みたい、そんなことを考えながら、ロータリーを渡る。

ブリックに行く手前に、気になる猫がいる。ビルの階段の下にちょっとしたスペースがあって、そこに夏くらいから小さな猫が表れるようになった。エサを置いていく人もいて、今では、その場所に居着いてしまったようだ。雨は防げる場所なのだが、これから寒い季節はどうなるのか・・・。心配だ。今日は・・・丸くなって寝ている。可愛いぞ。
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ブリックに近づくとさっとドアが開く。ドア係のバーテンダーさんが開けてくれたのだ。傘をたたみながら店の中に入る。「こんばんは。」「いらっしゃいませ。雨になりましたね。」 カウンターのお客さんたちがこちらを見る。いつもの常連さんばかりだ。奥から二番目に空いた席が一つある。「ここ空いてるよ。」と顔見知りのお客さんが招いてくれる。「どうも。」といいながら、その席に向かう。

席に着くと、目の前はチーフバーテンダーの菊池さん。「いらっしゃいませ。今日はまず瓶のモルツですね。」と一言。完全にお見通しなのだ。「お願いします。」と答える。目の前にコースターが置かれ、グラスがその上に置かれる。栓をを抜いた瓶からビールが注がれる。グラスの縁から1cm弱の絶妙な位置でそれは止まる。「どうぞ。」「ありがとうございます。」

左隣、すなわち一番奥の席には、月曜日と木曜日は必ずこの席で飲んでいる男性客。映画通である。今日も若いバーテンダーさんを相手に、映画の話。「銀ながしという手法があるんだよ。それがどうも詳しくわからないんだ。」「こんど調べてみましょうか。」「そうだな。」・・・こんな感じ。

右隣りからは、ずらりといつも一緒に飲んでいる常連客が並んでいる。カウンターの真ん中辺りでは、景気のいい話が弾んでいるようだ。昨日の菊花賞が当たったらしい。「浜ちゃん(浜中騎手)が来てくれたからねー。武君(武豊騎手)どうしたのかねえ」と言いながら、周りを悔しがらせている。

で、すぐ左隣の二人が、なにやら元気がない。どうやら、いつも行っているお店のマスターが交代してしまったらしい。「ショックですよ。何年も通ってただけにね。」・・・うーん、店というのはいつまでも続くように思っているが、ある日突然無くなったり、馴染みの店員さんがいなくなったり、店が移転してしまったり・・・今を大切にして、この時間を楽しまなければならないよなあ・・・明日も同じ日だとは誰も保証してくれないのだ。

「何かいい情報はない?」とYさんが言う。Yさんは醤油ラーメンが好みであることを思い出す。「そういえば、鷺ノ宮に『つぶらや』っていうラーメン屋さんができたんですけど、そこの醤油とんこつが美味しいらしいですよ。」と先日「ペルル」で聞いた情報を提供する。「ほー、『つぶらや』ねえ。あの2軒ラーメン屋が並んでいるところですよね。」「そうです。その手前の方です。」「早速この後行ってみようかな。」・・・この方、行動が早いのだ。

そのラーメン屋さんの話がきっかけで「鷺ノ宮」の話になる。お二人は、今は中野区の別の街に住んでいるのだが、一人は中野北中学の一期生で、もう一人は鷺宮高校出身だそうだ。だから、いまでも時々鷺ノ宮に行くこともあるし、土地勘もあるのだ。

ウイスキーのオンザロックを注文して、話を続ける。鷺ノ宮がもう一つ発展しない理由として、商店街がバス通りであり左右に分断されていることが大きいよね、とか。最近では北口から都立家政方面に向かって、お店が次々にできはじめているよね、とか。・・・「昔からの地主さんが多いのも特徴ですよね。」「そうそう、鷺ノ宮だと4つくらいの系統があるね。」「ああ、なんとなく分かります。」「・・・そいえばね。その地主さんの中に榎本さんという家があってね・・・。」

「榎本さんですか。前に通ってたテニスクラブのオーナーも榎本さんだったような・・・。」「それでね。榎本喜八って野球選手がいたんだけど、その選手は上鷺宮の地主さんの家の出なんだ。」「へえ〜、毎日だか大毎だか、オリオンズにいた天才バッターですよね。沢木耕太郎の本で読んだ記憶があります。」「そうそう。その榎本喜八なんだけど・・・。」

・・・昭和40年代の鷺ノ宮。駅の回りにはお店などがあったものの、その周囲には何もないような街だった。ましてや、新青梅街道を渡った上鷺宮と言われる地区は畑や、栗林が広がっていた。

「上鷺宮にマリンハイツってあるよね。」「ええ、東京海上の社宅でしたっけ。立派なマンションですよね。」「そう、それが立つ前は、松屋のグラウンドがあったんだよ。」「松屋ってデパートのですか。」「ええ。そこでね。私達北中野中学の生徒が野球をして遊んでいたわけ。」「ふむふむ。」「そのグラウンドの道向かいに、榎本喜八が邸宅を建てて住んでいたんだよね。それでね、北中野中学の生徒たちが野球をやっているとね。家から出て来てくれてね。ノックしてくれたんだよ。それがすごいノックでね。ポーン、ポーンといい音をたてて、軽々と飛んでいくんだ。」

「プロ野球のスター選手が、ノックしてくるなんて、すごいですよね。」「そう、ノックの球が速くて、遠くまで飛んでいくだろ。みんな、一生懸命追っていってね。もう夢中だよ。全然とれなくてもね、嬉しかったなあ。息を切らして走りながらね、嬉しくて嬉しくて泣きそうだったんだ。」

頭の中に、夢中でグラウンドを駆けていく少年たちの姿が浮かんでくる。それを楽しそうに見守るスター選手。昭和40年代の鷺ノ宮に、こんな素晴らしい夢のようなグラウンドがあったなんて・・・。少年たちにとっては、どんなスタジアムよりも誇らしい場所だったに違いない。

話し終えてYさんが、「そろそろ帰りますか?」と言う。いつもなら、「そうですね。」とさっと席を立つところだが・・・「もう一杯飲みましょうよ。」と言いながら、グラスをちょっとあげてみた。昭和40年代の少年たちと榎本選手に乾杯、という意味を込めたつもりだ。Yさんは「じゃあ、もう一杯付き合いますか。」といつもの笑顔で答えてくれた。

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Posted by hisashi721 at 18:54│Comments(0)