2009年10月29日

少年たちの夜・・・渋谷「千両」

DSC01938渋谷駅東急プラザ口に出ると、津軽三味線の音が聞こえる。若いパフォーマーが辺りに激しい音を響かせている。その前に熱心に聞き入る男性が一人。電話ボックス横では、いつものようにキオスクで買った缶チューハイを立ち飲みする人たちが6、7人・・・何があってもマイペースのようだ。津軽三味線は彼らにはどのように響いているのだろうか。

横断歩道から見上げると、横浜銀行のビルの上の電光掲示板が「20:30」と時間を表示している。まもなく「17℃」の表示に切り替わる。それが交互に続いていく。駅前は風もなく心地よい涼しさだ。東急プラザと横浜銀行の間の道を歩いていくと「渋谷中央街」。まっすぐ歩いて坂を少し上がれば、居酒屋「千両」の灯りが見えてくる。

今日は東横線で帰ってきたので、山手線に乗り換える前に渋谷で途中下車したのだ。自分にとってはちょっと中途半端な時間になってしまったのだが、こういう時は渋谷で飲みたくなる。それも、学生時代から通っている「千両」がやっぱり落ち着く。少し飲んで、疲れを癒すとともに、思い出にも浸りたい・・・そんな気持ちだ。

「千両」は三階建ての居酒屋だ。一回はカウンターのみ。それと厨房。2階、3階はテーブル席で、グループ客が多い。自分はいつも一人だから、1階のカウンター席だ。店のガラス戸越しに見ると席に空きがあるようだ。早速ドアを開けて店内に。「こんばんは。」女将さんが「いらっしゃい。待ち合わせ?」と聞く。「一人ですけど、いいですか?」「もちろん!どうぞ、こちらの席に。お荷物は隣の席に置いてください。」L字型カウンターの横棒の3席が空いていて、その角の席に座る。

しぼりで手を拭きながら、「瓶ビール(サッポロラガー大600円)を。」と注文。カウンターの中はフライヤーや焼き台などがあって、調理係の男性が4人。中には何十年もこの店で働いているベテランの方もいる。L字の縦棒の席は7席。奥に2人組、手前にも2人組。その2組にはさまれて一人のお客さん。

ビールが届く。それと同時に女将さんが「おつまみ、何か決まっていれば。」と聞いてくれる。「しらすおろし(370円)とねぎぬた(400円)をお願いします。」と注文。いつもは、もつ焼きを注文するのだが、最近は2年くらいもつ焼きを食べていない。何か身体に合わない気がして、ちょっと敬遠しているのだ。で、ついついさっぱり系に。注文してから、目の前のフライヤーで上げるコロッケや、甘くないけど癖になるオムレツなんかを思い出して、選択肢はいろいろあったのに、などと軽い後悔。

ビールを一口・・・サッポロラガーの主張しない穏やかな味が、疲れた身体に心地よい。しらすおろしが届く。醤油をかけて、しらすを多めに乗せて大根おろしとともに口の中に入れる。大根は少しピリッと辛いタイプ。こういう大根おろしが好みだ。ビールをゆっくりのもうという気になる。
DSC01931
DSC01930


手前の二人組みは、職場の同僚のようだ。「ここにはじめてきたのは、大学に入ってすぐだったかな。先輩につれてきてもらってね。うちのサークルは代々、この店で飲んでいたから。」「じゃあ、長いんだ。」「もう、30年以上だよ。ここは落ち着くんだよなー。」・・・この人とは、何回か絶対一緒になっているなと思う。

ねぎぬたが届く。ここのぬたは酢味噌といってもいい。だから甘いぬたとは全然違う。では一口・・・ねぎがシャキッとしていて噛むとほのかな甘みを感じる・・・だから酢味噌の酸味が余計生きるのか・・・さっぱりとしたねぎの香りがとてもいい・・・これはビールにも合うなあ。ビール、ビール・・・。
DSC01934


「3代目だっけ。」さっきの30年通っている、客がカウンターの中にいる若い店主に問う。「お婆さんの代から数えると4代目です。」「へー、4代目なんだ。頑張って。この店がないと本当に困るから。」「はい。」・・・4代目は、とても穏やかな人柄だ。店のベテラン従業員にも、敬意をもって接している。仕事は一生懸命。声も良く出ている。「千両」は安泰だろう。

さっぱりついでに、「お新香(370円)をお願いします。」と注文。ここのお新香は美味しい。食べとかなくては・・・。店に流れているBGMは、70年代頃の曲ばかり。30年以上通っているお客さんには、思い出がたっぷりでたまらないのではないだろうか。一番奥の赤い顔をしたおじさんが、BGMにあわせて「青空のすんだ色は初恋の色 どこまでも美しい初恋の色・・・」と口ずさむ。失礼だが、まったく似合わない歌詞だ。

「ベッツィ&クリスってしってるか?」と連れの男性客におじさんが問う。「知らないっす。」「な〜んだ。・・・♪ふるさとのあの人の あの人のうるんでいたひとみにうつる・・・いいねえ。1969年だったよな。俺は中学生だったんだ。」「まだ生まれてないっす。」「うるさいな。アポロが月面に着陸してな、人類にとって大きな一歩だって、アームストロング船長がな・・・知ってるか?」「なんとなく知ってるっす。」

お新香が届く。まず、人参から一口・・・しゃきしゃきしてるねー・・・塩加減もいい・・・この味、いつ来ても変わらない・・・どんな酒にも合うよな・・・。ビールがなくなったので、「レモンサワー(370円)ください。」と注文。「は〜い。」と女将さんが受けてくれる。じゃあ、白菜漬けを・・・。
DSC01936


レモンサワーが届く。一口・・・焼酎とサワーのバランスがいい。こういうのはあんまり濃いと却って美味しくないし、薄いのは論外だ。ここで、女将さんが「お先に失礼します。」と挨拶。「えっ、帰っちゃうの。」と手前の30年通ってるお客さんが残念そうに言う。「ごめんなさい。またね。」と言って、女将さんは手を振りながら出て行く。30年のお客さんも手を振る。「ああ、帰っちゃった。俺、実は大学一年の時、女将さんに一目惚れしたんだ。きれいなお姉さんだったんだよ。」「ほー、なんとなく分かる気がする。」・・・この店は、おじさんたちが少年になる空間なんだな。BGMは山口百恵。「♪こわれてもいい 捨ててもいい 愛は尊いわ〜・・・」
DSC01935


レモンサワーをおかわり。二人客に挟まれた、一人のお客さんの顔はものすごく赤い。黙々と飲み続けている。なんだか、いつ爆発してもおかしくないっていう感じ。BGMが甲斐バンドに変わる。「♪・・・夜にまぎれて 太陽のある場所へ 走り続けよう・・・」一人客のおじさんが、急に顔を上げて天井を睨み付ける。そして・・・「早くしないと 俺たちの愛なんて 燃えかすになっちまうよ」・・・歌ってる・・・。

さて、今日はこの辺で。席を立つ。4代目が「ありがとうございました。」と丁寧に頭を下げてくれる。「ごちそうさま。」といいながらドアに向かう。アリスの曲が聞こえる。「♪陽はまた昇る どんな人の心にもああ生きてるとは 燃えながら暮らすこと・・・」なんだか励まされながら、送られているようだ。


店の外に出る。坂を下って渋谷駅に向かう。見上げると今日も月が輝いている。ほのかな酔いを引き連れて、10月の澄んだ空気の中を歩く。学生の頃も、この道をこんな風に歩いていたんだなと思うと、ちょっと不思議な気がした。

DSC01939


この記事へのトラックバックURL

この記事へのコメント
おはようございます。
私も、先日夕方、関内のじぇんとるめんで一人で飲んでいたら
BGMが昭和40年代後半から50年代の歌謡曲のオンパレードで
キャンディーズ、天地真理、高田みづえとかガンガン流れてました。
私はキャンディーズ以外そんなに想い入れないんですけど
オーディオの音質がとってもいいんで、窓から街並みを見ながら、胸がキュンとしてました。
店内も大人の男性ばかりで、横浜は又いい街だなあと思いました。
Posted by fatricefarm at 2009年10月30日 08:04
fatricefarmさん、こんにちは。

関内のじぇんとるまんで一人で飲む・・・同志ですね。今度、関内に行ったら、入ってみたいと思います。

横浜はいいですね。かつて、2年ほど仕事で通ってました。懐かしいです。
Posted by 寄り道 at 2009年10月31日 10:50