2009年11月01日

10月の終わりに・・・中野「ブリック」

DSC0196310月31日、土曜日。週末の仕事は思いのほか手間取ってしまった。もう少し早く帰ることができたなら、久しぶりに遠出寄り道をしようと持っていただけに、ちょっとがっかりだ。新宿駅に着いたのは午後8時。いつものように中野行き電車に乗り換える。いつものバーで、のんびりしてから帰ろうかな。

中野駅に着いて、北口ロータリーに出る。土曜日は平日とは少し風景が違う。行き交う人々の歩くスピードが微妙にゆっくりなのだ。中野サンモール商店街に人々が吸い込まれていく。自分も少しだけ商店街を歩いてみることにする。アーケードにはいる前に空を見上げると、晴れた空にくっきりとした月が出ている。ずいぶん丸くなっている。満月も近い。
DSC01961商店街に入ると、ただ通り過ぎる人は少なくて、買い物客や、飲食店に向かう人々が楽しそうに歩いている。ブロードウエイの入り口まで歩いて、右の小路に入り、飲食店街を歩いてみる。ずいぶん新しい店もできているようだ。駅前に戻りながら、人通りが少なそうな道に入ってみると、仮装した男女が道の両側に並んでいる。一瞬、ぎょっとしたが、どうやらハロウィンの衣装で、客引きをしているらしい。「いかがですか?」と問いかけられるが、なんとなく自分には縁のなさそうな店なので、早足で通り抜ける。・・・はやく「ブリック」にいかなければ。自分にはあの店しかない・・・なんて大げさに考えてしまう。

明日から11月だというのに、風も冷たくない。少し歩いたので、身体も温まっている。今日もまずビールだな。そんなこと思いながらブリックのドアの前に立つ。ドアは開かない。ドア係がいないということは、お客さんが多いということだ。2階にもブループ客が大勢来ていることだろう。ドアを開けて店の中に入る。一階のテーブルもお客さんでいっぱいだ。「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ。」なんと一席だけ空いているのは、カウンターの一番奥。店長の前の席。

席に着くやいなや。目の前の店長が、「瓶のモルツ?」と聞く。「ええ。」・・・やっぱり、お見通し。さっと、自分の前にコースターを置き、横に歩いて、氷で冷やしてある瓶モルツを取り、自分の前に戻ってきて、詮を抜き、グラスをコースターの上に置き、ビールをグラスに注ぐ。それがあっという間だ。「お待たせしました。どうぞ。」・・・ぜんぜん待ってません。「どうも。」と言って一口・・・よく冷えている。氷で冷やすと、冷蔵庫で冷やすよりも、おいしい気がする。美味しい。・・・ため息がでる。ああ、今日も帰ってきた・・・。

お通しが届く。今日はマカロニサラダ。塩を少し振って、一口・・・マカロニのしっとり感と自家製マヨネーズのしつこくない味が、本当によく合っている。ビールが美味しい。「お疲れですか?」と店長
。「土曜日ですから。一週間の積み重ねですね。でも、ここで飲んでいると、それも忘れます。」「ありがとうございます。」
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店長は、次々入る料理の注文を忙しくこなしながら、自分に気を使って話しかけてくれる。競馬好きのマスターに、いつもだったら「明日の菊花賞はウオッカで決まりですか?」などと話しかけるところだが、今日はやめておこう。コロッケを揚げ、サラダを作り、野菜スティックを切り、付け合せを用意し、皿に盛り付け・・・ものすごい手際のよさだ。それに、注文を間違えたり、忘れたりと言うことは全くない。メモも取ってないのに・・・。プロの仕事は、見ているだけで、酒のつまみになる。

土曜日と言うことで、馴染みの常連さんは来ていないようだ。スーツ姿は自分ひとり。一人客もいないようで、カップルやグループばかりだ。カウンターの中、入り口側のバーテンダーさんも、忙しそうだ。一階のお客さんの飲み物を一人で作っているので大変だ。水割り、ソーダ割り、オンザロック、ストレート、シングル、ダブル、それにもちろん酒の銘柄・・・お客さんごとにすべてを間違えないようにこなしていくのだから感心する。それに、平日ならウイスキーの客が多いのだが、土曜日は女性客も多く、カクテルの注文も多い・・・。

テーブルの男女のグループから、「スレッジハンマー」の注文が入る。ウオッカベースでライムジュースが入る。ベースをジンに変えれば、ギムレットだ。シェイクする音が店内に心地よく響く。
・・・「スレッジハンマー」が届けられると、そのテーブルが沸く。「なにそれ、おいしそー。」「美味しいよ。飲んでみる。」「いいの、じゃあ・・・おいし〜い。この味好きー。」「どれどれ、こっちにも回して。・・・ちょっとすっぱいね。でも美味しい。」・・・みんなで飲んでいる・・・楽しそうだ。

二階は大勢のグループが多い。ちょうど入れ替わりの時間帯だったらしく、5,6人のグループが降りて来た。「この店、いいねー。」「今度もここにしようよ。」などとワイワイ言っている。その声につられて、ふとそのグループを見ると・・・すげー。何がすごいかと言うと、そのうちの一人の顔がものすごく赤いのだ。気持ちよさそうに酔っているのだが・・・それにしても赤すぎないか。すると、その当人が声を発する。「ふいっ・・・いくららった?ヒック・・・」・・・やっぱり酔ってる。「もう払ったからいいよ。」・・・仲間に肩を抱かれて幸せそうに出て行く。

「ボウモアをオンザロックで。」と注文。出てきたグラスには半分くらいウイスキーが・・・。「最後でしたので、残りを全部お注ぎしました。」・・・なるほど。一口・・・強烈な甘みと、ほのかに癖のある香りが口の中に広がる。のんびり飲もうと思う。穏やかに飲める日は穏やかに、静かに・・・。ボウモアを一本追加して、もう少し飲み続けることにする。
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カウンターの入り口側を見ると、Nさんご夫妻が、いつものように仲よさそうに飲んでいらっしゃる。もう70代なのだが、週の何日かはブリックのカウンターで見かける。つまみを一品注文して、二人で仲良く分けて、そして、水割りを数杯。常連さんたちは口を揃えて「あんな70歳になりたい。」と言っている。

さて、今日はこの辺で。「ごちそうさま。」と席を立つ。「はい・・・ありがとうございました。」・・・店長の「はい」には感情が込められる。ゆっくり話して、笑った時の「はい」には、楽しかったですねという感情が込められる。今日の「はい」は、あれっ、もうお帰りですか?ちょっと早いのでは?とい感情が込められている。それはもう神業で、注意深く聞けば絶対にわかるのだ。

店を出る。中野のロータリーに帰る。木々が風でざわざわしている。その音を聞いていると、秋も深まったなあと思う。電車に乗るのが惜しいような気がする。このまま、もう少し歩いていたいような・・・。やっぱり、ちょっと店を出るのが早かったですね、店長・・・。風に背中を押されて、改札までゆっくり歩く。

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