地下の飲み屋街にて・・・目黒「銀角」
冷たい雨の降る目黒通り。タクシーを拾おうと立ち止まると、ちょうど目黒駅行きのバスがこちらに向かって走ってくる。目の前がバス停だったので、そのまま来たバスに乗り込む。最後部の座席に座ると、バスの中は暖かさに、ついうとうとしてしまう。
チューチューという耳障りな音に、ふと目覚めると、いつの間にか隣に座ったサラリーマン風の男性が「ヴィダーinゼリー」を熱心に吸っている。もうほとんど中身は残っていないと思われるが、角度を変えながらチューチューと大きな音をたてて吸っている。・・・もう、いいんじゃないか? あまりに夢中になって吸っているので、周りは見えてないと思う。
すっかり眠気も覚めて、外を見ると相変わらずの雨だ。権之助坂にはやはり雨が似合うのか・・・。ほどなく目黒駅に到着。向こうからやって来る人と傘がぶつかりながらも、なんとか狭い駅前を歩いて、駅の中にたどり着く。時計を見ると午後6時。まだ早いなあ・・・ということで、今日は目黒に寄り道することにする。
寒いので駅の近くの店で、ということになると、「サンフェリスタ目黒」という駅前ビルの地下がいい。ビルが建つ前は、この辺りには戦後から続く小さな店が並ぶ飲み屋街だった。入口には屋台も並んで、都会の中の異空間という雰囲気を醸し出していた。その小さな飲み屋のいくつかが、ビルが建つと同時に地下街に移ったのだ。当時からの店も残っているが、徐々に店の経営者が変わり、新しい店も増えてきた。
かつてはよくこの地下街には通っていたのだが、馴染みの店が、ご主人が郷里に戻るというので閉店してからは、次第に足が遠のくようになり、その後できたお気に入りのおでん屋もいつの間にか店を閉めてしまい、すっかりご無沙汰になってしまった。ビルの入口からすぐ右手の階段を降りる。雨のせいか人が少ない。昔ながらの店もまだお客さんを待っている状態だ。真っ直ぐ奥に進むと、今日の目当ての店「銀角」の看板が見えてくる。
ドアを開けて中にはいると、「いらっしゃいませぇ」という元気な声が聞こえてくる。若いご主人が笑顔で出迎えてくれる。「傘をお預かりします。」「お願いします。」と渡したのはコンビニで買ったビニール傘。見ると、同じようなビニール傘が何本か傘立てに差してある。ご主人は、その傘に自分の傘が紛れてしまわないように、カウンターの横に別に置いてくれる。細かい心配りだ。
「お一人様ですね。お好きな席にどうぞ。」店内は黒を基調としたバーのような雰囲気。整理整頓されていて、清潔感のある雰囲気。カウンターの椅子もおしゃれで、しかも座り心地がよさそうだ。カウンターの奥の席には年配の男女。カウンターの入口から2つめの席に座る。
「お仕事のお帰りですか。お疲れ様でした。」とご主人がおしぼりを渡してくれる。なんだか、ほっとする。注文も急かされない。ゆっくり手を拭いて、「まずは、 ビール(中生430円)を。」と注文する。「ビールですね。ありがとうございます。」よく冷やしたジョッキに、生ビールが注がれる。「どうぞ。」「どうも」・・・一口・・・くほ〜、冷たいなあ・・・仕事も終わったし、元気を出して、夜を楽しもう!という気にさせる味だ・・・美味しい!お通しは「松前漬け」だ。
「手羽先唐揚げと焼酎」の店というだけあって、カウンターに壁の棚にもずらりと焼酎が並んでいる。メニューを見ると焼酎だけでも50種類はある。その他麦や米などの焼酎はもちろん、梅酒の種類も見たことがないほど多い。「お酒はいつも70種類以上は揃ってます。」とご主人。通い甲斐がある店だ。
つまみのメニューを見ると驚くほど安い。200円代のコロッケや串カツなどもボリュームがありそうだし、自慢の手羽先は1本120円だ。300円、400円代のつまみが中心で、すべて工夫を凝らしてある。その中から「ポテトサラダ(350円)と手羽先の唐揚げ2本(120円×2)をお願いします。」と注文。「はい、ありがとうございます。」
ポテトサラダが届く。一口・・・ポテトを細かく磨りつぶすのではなく、かたまりを残してあるために、味わいが深くなっている・・・マヨネーズの配合も絶妙だ・・・美味しい!久しぶりに満足できるポテトサラダを食べた気がする。ビール、ビール。ご主人の料理の腕は相当なものだと思う。
手羽先の唐揚げが届く。塩と胡椒らしき粉がかかっている。一口・・・この衣の香ばしさ素晴らしい・・・かりっとした歯ごたえが好ましい・・・肉は十分ジューシーで・・・それにしても、この香辛料は・・・。「塩と胡椒だけじゃないですね。」「そうです。黒胡椒を使っているのと、山椒も入れてます。」「揚げ具合といい、味付けといい、これは今まで食べたことがない味です。美味しいですねー」「ありがとうございます。」「自分で作り上げた味ですか?」「はい、この味にするのに2年かかりました。」「本当に美味しいです。」・・・ビール、ビ〜〜〜〜〜ルゥ。手羽先は5、6本注文して、ばりばり食べながら生ビールを飲むのがいいのかもしれない。
「今日来られたのは、どなたからの紹介ですか?」「いや、この前この地下街を歩いたとき目をつけてたんです。その時は、どの店にも寄らずに、どんな店が今あるかを見に来ただけだったんですけど。」「そうですか。この地下街は古くからの店が多いですから、うちはまだ新しい方です。」「開店してどのくらいですか。」「一年ちょっとなんです。」
カウンター奥の男女は、どうやらご夫婦ではなく、この店の常連さんで、飲み仲間のようだ。「まるはしっていうお蕎麦屋さんだったわよね。」と女性がカウンターの中のご主人に話しかける。「ええ、西口を出て真っ直ぐ行って、それで、少し行ったら右に曲がるんですけど。」「う〜ん。」「学芸大学はお蕎麦屋がすごく多いので、わかりにくいかもしれません。」・・・まるはし・・・もしかしたら「丸はし総本店」のことか?
「学大の丸はし総本店のはなしですか?」と会話に割ってはいる。「そうです。ご存じなんですか?」とご主人。「ええ、何回か行ったことがあります。お店の方が、ものすいごく元気で明るい店ですよね。そばコロッケと美人姉妹が有名ということで・・・。」「その姉妹の下の方が私の奥さんなんです。」「ええっ!そうなんですか!」・・・そんなに驚くことはないのだが、ちょっとした偶然に大きな声が出てしまった・・・。「帰ったら、知ってるお客さんがいらしたって言っておきます。喜びますよ。」・・・はい。
さて、焼酎を飲もうかな。ご主人にお薦めを聞くのがいいのだろうが・・・棚の一升瓶の列をみると、おお、これだ。「すみません。尾鈴山山ねこ(480円)をお願いします。」・・・この焼酎があれば、いつもこれを最初に注文する。くせがなくて、飲みやすいので初めて飲んだときから好みだ。「飲み方はどうします?」「オンザロックで。」
山ねこが届く。一口・・・うん、この味・・・すっと入ってくる感じ・・美味しい。ご主人を中心に、常連さんと自分と会話が弾む。ご主人のさりげない心配りで、客の心が和むからだろう。「学芸大学は詳しいんですか?」と常連さん。「以前、住んでたんで、時々、今でも懐かしくなって行ってるんですよ。」「そうですか。私も、そうなんですよ。」・・・仲良くなってしまった・・・。
次は・・・「赤霧島(480円)をお願いします。」「はい、アカキリですね。」・・・省略の仕方がかっこいいぞ。「山ねこ」の次に「赤霧島」を飲むと、一段と香りが素晴らしく感じるのだ。この組み合わせが最高・・・と勝手に思っている。「赤霧島」が届く。一口・・・思わず「美味しい!」と声が出る。「美味しいですよね。」とご主人も笑顔で答えてくれる。・・・いい香りだなあ。
「赤霧島」を飲み終えて、さて、今日はここまで。「ごちそうさま。」「ありがとうございます。」「いいお店ですね。おいしかったです。」「また、ぜひおいでください。」「はい。」傘を手渡してくれる。店をでると、カウンターからわざわざ出て、店の外まで見送りに来てくれる。「今日は、雨でお寒いですから、帰り道お気をつけてください。」「ありがとうございます。」・・・気持ちよく店を後にする。
階段を上がって、ビルの外に出る。人通りが多い。傘がぶつからないように、人の波を縫って歩く。横断歩道を渡る。バスを待つ人々が、寒そうに並んでいる。今日もそれぞれの一日が終わる。
東京都品川区上大崎2−27−1 サンフェリスタ目黒B1F
03−3493−6090
Posted by hisashi721 at 17:40│
Comments(9)│
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銀角・・・素敵なお店ですねえ、いろんな意味で。
店主の気配り・・。いいなあ。
近くにあったら絶対通いそうだな。
「仲良くなってしまった・・・。」
思わずニヤリとしてしまいましたよ。
話が弾むと時を忘れ、酒もすすみますよねぇ。
GANちゃんさん、こんにちは。
この店、絶対お薦めですよ!
最近行った店の中ではNo1かも。
是非、行ってみてください。
meです。
こんにちは。
あの、おでん屋さん、閉めちゃったんですか。
知りませんでした。結局お勧めいただいたあとに一度しか行けなかった……。
昔のあの一角。私もよく行きました。
猥雑でよかったなぁ。懐かしいです。
そしてこのお店は、丸はし総本店とつながっている(驚)。丸はしはよくお昼を食べにいっていたので、読んでいる私も何だか不思議です。あの蕎麦屋、喫煙率が高いのが玉に瑕です(苦笑)。
mesinosukeさん、こんにちは。
あのおでん屋さんはよかったですね。もう、次の次の店に変わってます。
丸はし総本店は、明るい元気な店ですね。いつかお酒を飲みに行こうと思ってます。
寄り道様
居酒屋探偵DAITENです。
こちらのお店もずっと気になってました。
手羽先、馬刺しなど気になるメニューがありますね。
こんど行ってみたいと思います。
赤霧島、山ねこ、どちらも好きな焼酎ですね。
DAITENさん、こんにちは。
何といっても手羽先が美味しいです。
是非行ってみてください。
焼酎も揃っているし、値段も安いです。
初めまして。
まぴと申します。
目黒の近くに住んでいながらサンフェリスタ目黒は素通りしてましたが、こんないい店があったのですね。
目黒再発見です。
まぴさん、こんにちは。
確かに、サンフェリスタの地下街はわかりにくいかもしれませんね。
この店の他にも、「光ちゃん」というおいしい焼き鳥屋さんもありますので、是非、一度行ってみてください。
どこかの店でお会いしましたら、一緒に飲みましょう。
これからも、よろしくお願いします。
寄り道 さま
長文の「銀角」評、拝読しました。私も数回訪れており、ふむふむととても共感がありました。何しろ
店の雰囲気がよく、料理・酒、どれを取っても他の
お店に引けを取らないと感じました。
今度、店の向かい側に「別室」の店わ出したそうで
これで“予約満杯”も少しは解消されそうですし、
個室風の造りだそうですから、別の使い方もできそ
うですね。
みなさん、お店でお目にかかりましたら、どうぞよ
ろしくお願いします。乾杯しましょう。