中野駅北口の改札を出ると、「年賀状はいかがですかぁ〜。」という声が聞こえる。郵便局の出張販売だ。その向かいでは、「年末ジャンボ宝くじで〜す。この機会にいかがですか?億万長者のチャンスで〜す。」という声。すっかり年末気分だ。一気に時間が経ったような、そんな街の様子だ。
横断歩道を渡って、まず向かうのは、ビルの階段の下にいる猫の所。夏頃から、その場所に現れて、いろいろな人から可愛がられている猫だ。雨風は防げるとはいえ、吹き曝しのコンクリートの上だ。寒くなったし、大丈夫だろうか・・・。その場所まで行ってみると、女性が一人、猫を見ている。近づいてみると、猫は段ボール箱の中に入っている。その女性は、相変わらず猫を見続けている。この人も心配なのだろう・・・。猫はゆったりと寝そべっている。可愛い・・・。
猫と別れて、道を真っ直ぐ行くと、サントリーバーの「ブリック」。今日は他の店に行こうかと思ったが、ここを素通りするわけにはいかない。この前来てから2週間以上たっている。ここ3年間は、週に4回ペースで来てたので、これだけ間隔があくと随分久しぶりに感じる。店の前に立つ。ドアがすっと開く。ドアを開いてくれた若いバーテンダーさんが「いらっしゃいませ。」と迎えてくれる。L字型のカウンターは、縦棒にお客さんが7人。横棒にはいない。横棒の端っこに座る。
カウンターの中には三人のバーテンダーさんがいる。「いらっしゃいませ」。おしぼりが出てくる。「瓶モルツをお願いします。」と注文。コースターにグラスが置かれ、一番手前のバーテンダーさんが、注いでくれる。「どうぞ。」・・・いつも通りだ。一口・・・ふー、やっぱり、「ブリック」のカウンターは落ち着くなあ。
お通しの「いかの燻製」が出てくる。ビールを飲みながら、ちょっとつまむ。カウンター席は店の一番奥に、いつも早い時間に2人で来るというご夫婦。その手前に、月曜日と木曜日の週2日必ず来るという男性。その手前が団塊の世代3人組。女性が真ん中、男性2人が挟んでいる。その手前も団塊の世代の男性客。今日は友人を待っているという風情。
団塊の世代3人組の真ん中の女性は、背筋がピンと伸びて、しゃべり方も溌剌としている。話の端々から、出版社の名前が聞こえてくるので、多分編集関係の方だろう。男性2人も同業だと思われるが、元気度が違う。「彼女、女傑だから・・・。」なんて言われてそう・・・。
この店に、毎日のように通い始めたのは、毎日が忙しくて、このブログも更新できなかった時期と重なる。仕事が終わらず、自宅に持ち帰ることが多かったのだが、ある時、せっぱ詰まってこの店で飲みながら、書類のチェックをしてみた。すると、結構、仕事がはかどる。もちろん、仕事の種類にもよるが、簡単な仕事ならここでできる。バーテンダーさんも、そっとしておいてくれる。それに味をしめて、毎日のように通いはじめたのだ。
そのうち、常連さんと顔見知りになってしゃべるようになったり、バーテンダーさんとじっくり話ができるようになってから、この店に寄らないと、家に帰る気がしないようになった。中野駅で降りて、考え事をしながら歩きはじめて、気がついたらこのカウンターに座っていたということさえある。
今日は別に仕事を持って帰ったわけではないので、ビールを飲み、バーテンダーさんに、「あのビルの猫、これから大丈夫ですかねえ。」などと、話しかけたり、考え事をしたりと、のんびりと過ごす。ビールの後は、自分のボトルを出してもらって、「オンザロックでお願いします。」と注文。最近は、いつもボウモア。
ボウモアのオンザロックが届く。一口・・・甘さと、適度なスモーキーさがよく調和している・・・美味しい。今日は、これを3杯飲むつもり。3人組のうち一人の男性は腕を組んだまま眠ってしまっている。もう一人はお手洗いに立つ。女性一人、ピンと背筋を伸ばしたまま・・・その女性が自分の方を見る・・・目が合ってしまった・・・どうも、という感じで頭をちょっと下げると、女性はにこっと笑う・・・艶然という言葉が頭に浮かぶ。
月木のお客さんが帰ろうと立ち上がったところに、ベレー帽(!)をかぶった年配の男性が入ってくる。白い顎髭が印象的。概念的な画家ってこんな感じだよなっていう雰囲気。「よう。」「今帰る所なんだ。」「なんだよ、もう一杯くらい付き合えよ。」「そうだな。」・・・飲み友だちか・・・いいなあ。
寝ていた男性も復活し、お手洗いからもう一人も帰ってきて、3人組はまた話が弾みだしたようだ。「森重久弥が96歳で、水ノ江ターキーが94歳だったってね。すごいよね。」「90代ってすごいよね。原節子は90代で存命だしね。」「ええっ、原節子はまだ若いでしょ。10代のころから出てるから、長くやってるようだけど。多分、80代の前半くらいよ。」「いや、東京物語が昭和28年だろ。30代半ばだったとして、今はやっぱり90代じゃない?」「30代半ばってことはないでしょ。80代よ。」・・・気になったので、こっそり携帯で調べてみる。1920年生まれ・・・89歳だ。微妙だなあ。
手前のお客さんが待っていた友だちが、やっと来る。「おせーよ。」「わるい。ちょっと出がけに、女房がごちゃごちゃ言うもんだから。」「大丈夫か?」「大したこととねーよ。ビール飲むぜ。」「じゃあ、付き合うよ。すみません、生ビール2つね。」・・・ここにも飲み友だち。
ウイスキーを3杯飲み終えたので、今日はここまで。「ごちそうさま。」「ありがとうございました。」席を立つ。カウンターの向こうから、2人のバーテンダーさんも「どうも、ありがとうございました。」と声をかけて送ってくれる。「じゃあ、また。」と言って、ドアを開ける。
店の外に出る。帰りも猫を見に行く。箱の中で丸くなって寝ている。がんばれよと心の中で声をかける。駅前ロータリーに戻って、空を見上げると、半分の月が輝いている。目を別の方向にずらすと、中野サンプラザがそびえ立っている。中野の夜もいいものだと思う。
Posted by hisashi721 at 17:40│
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