鷺ノ宮駅北口、午後7時。12月の風が冷たい。今日(1日)は、10月で旧店舗での営業を終えた「ペルル」が、新店舗でのスタートを切る日だ。営業再開を待ちかねていた人々が、今日はたくさんやってくるはず。ゆっくり飲めるとは思っていない。とにかく、マスターにお祝いの言葉を言いたいという気持ちで、開店時間の7時を目指して帰ってきたのだ。
新店舗は、比較的人通りの多い大きな通りに面している。今日は隣の「春よこい」という鉄板焼きのお店が定休日のようで、ペルルの看板の灯がはっきりと見える。店の前に立つ。前のお店から持ってきた木のドア、看板・・・そんなに時間は経っていないはずなのに、なんだか懐かしい。開店直後の店内は、果たして・・・。中の様子はまったく分からない。
ドアを開ける。おお!入口付近はもう立ち飲み状態。大変な賑わいだ。カウンターの中から「いらっしゃい!」という声が聞こえる。店を手伝っているYさんだ。背伸びして、「ああ、どうも。おめでとうございます。すごい人ですね。」と答える。すると、カウンター奥から、細い手が真っ直ぐ上がり、「ああ、どうも。よくいらっしゃいました。」という声。身体を曲げて、その方向を見ると、白い頭と髭は短くなったものの、紛れもなくマスターだ。
カウンターの後ろをカニ歩きで奥に向かう。マスターが両手を広げて、「今日は、ありがとうございます。」と迎えてくれる。「退院おめでとうございます。」と挨拶。「どうぞ、この席へ。」マスターの隣の席に座らせてもらう。Yさんが、「何を飲みますか。まず、ビール?」と尋ねてくれる。「すみません。じゃあ、ビールで。」「今日はフリードリンクだから。何ビールにする?」「エビスで!」・・・ちょっと図々しかったかな。
カウンターの上は、いろいろなご馳走が並んでいる。お客さんが、今日のためにと作って持ってきてくれたものや、差し入れしてくれたものだ。Yさんが、ビールを注いでくれる。「やっと、開店までこぎつけました。」「お疲れ様でした。おめでとうございます。」ビールを一口・・・う〜ん、格別だ。カウンターの中で手伝っているAさんという女性に、「今日はパーティーですね。」「はい、今日はお客様に感謝の日ですから。」「何時くらいからやってるの。」「6時くらいから、始まっちゃいました。」・・・7時に合わせてくることはなかったか・・・。待ちきれない気持ちはわかるなあ。
マスターが「今日の景品です。」といってボトルを一本渡してくれる。ラベルには「笑い 憩い オリジナルカクテル ペルル」と文字が入っていて、マスターの写真と似顔絵が描かれている。「これ、もったいなくて飲めないですね。」と言いながら、ありがたく頂く。次々に人が入ってきて、それと入れ替わりに最初にいた人たちが「それじゃあ、落ち着いた頃に戻ってきます。」と言って、一旦店を出て行く。入って来た人たちは、マスターに挨拶し、握手し、酒を飲み、笑い・・・お祝いの宴が続いていく。
マスターは帰る人を入口まで送るので、立ったり座ったり。それで、マスターの隣の古い友人の女性たちが「だめだめ、明日になったら、疲れがでちゃうでしょ。ここに座って休んでなきゃだめよ。」と諭す。「はい。」とマスターは殊勝に返事するものの・・・やっぱり、誰かが帰ろうとすると腰を浮かせてしまう。「もう〜。」と回りはヒヤヒヤだ。
「入院してから8?も痩せちゃったんですよ。」とマスター。もともとスリムなマスターのどこから8?も無くなったんだろう。「大変でしたね。食事の方はどうなんですか。」「ええ、やっと、通常の食事に近くなってきました。」「それはよかった。」「1?くらい戻ったんですよ。」それでも、腕を触らせてもらうと、細い!「びっくりしたでしょう。」とマスター。
辛い入院生活を経ても、マスターの記憶力は健在。挨拶に来る人すべての名前を思えている。そして、何年くらい前から通っているとか、職業とか、どこに住んでいるかとか・・・何でも覚えている。マスターは店の移転と共に、住んでいる場所も引っ越さなくてはならなかった。新居の様子を聞いたりして、マスターとの久しぶりの会話を楽しむ。さすがに、ワインは飲めないマスターは、ワイングラスに黒豆ドリンクを入れて飲んでいる。雰囲気は赤ワインだ。
新しく入ってきたお客さんが、ワインを差し入れてくれる。それが、店のみんなに配られて、乾杯!改めてマスターとグラスを合わせる。「このサラミ食べてみて、ミラノのサラミよ。」と白鷺在住の女性のお客さんに勧められる。それから、「おにぎりも食べてみて。たくわんもあるわよ。」・・・もう、食べて、飲んで、しゃべって、楽しい、楽しい。
お祝いの花を持ってくる人も多く、置き場所もないほど花が溢れている。店の中が華やかだ。目立つのは、ご夫婦でお祝いに来た人が多いこと。年代も様々だ。この店で知り合って結婚したカップルも何組か知っているし、夫婦で飲みに来られる方々ともよく一緒になった。
ちょっとのつもりが、もう1時間以上も飲んでいる。ボジョレー・ヌーヴォーのグラスも回ってきた。このまま、もう少し飲んでいたいと思う。でも、座れない人たちが増えてきたし・・・やっぱり、ここで、席を立とう。何日か、満員の状態が続くかもしれないが、落ち着いたころにまた来ればいい。そう自分に言い聞かせて帰ることにする。「じゃあ、マスター、ごちそうさまでした。また、来ますね。」と挨拶。マスターが握手してくれる。嬉しい。
カウンターの中のお手伝いの方々や、顔見知りのお客さんの「じゃあ、またね。」という声に送られて外に出る。はあ、楽しかった・・・。帰り道はそのまま、元の店の前へ。もうすぐ解体工事が始まるのだろうか、何か建物が息を潜めている感じだ。落ち葉が散り敷く季節の中で、最後の別れを静かに待っている。
Posted by hisashi721 at 17:40│
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