トーク・バー・・・阿佐ヶ谷「アルフォンソ」
阿佐ヶ谷駅北口、午後7時30分過ぎ。さすがに12月も中旬になると、空気の冷たさが違う。震えるような寒さだ。今日(14日)はとても神経を使う仕事が続いたので、身体の芯が疲れているような感じ。やっと、ここまで帰ってきたかと、ちょっとほっとする。さてその神経をほぐしてから家に帰ろうかな。
駅を出て左へ。スターロードと呼ばれている飲食店街に入る。こんな時間なのに、なぜか空腹感がない。やっぱり、まだ、神経が緊張しているのだろうか。少し歩くと、もう「アルフォンソ」の看板の灯りが見えてくる。今日は、バーのカウンターで話しでもしながら飲みたい。
「アルフォンソ」のドアを開ける。カウンターの奥の方で、何か作業をしていたらしいマスターがこちらに顔を向ける。そのタイミングで「こんばんは。」と声をかける。「いらっしゃいませ。」とマスターが答えてくれる。鞄を壁際の椅子に置き、コートを脱ぎ、ハンガーにかける。その間、カウンターの中でおしぼりを持って、マスターが待っている。入り口から3つ目のカウンター席に座る。「お疲れ様でした。」とマスターがおしぼりを渡してくれる。「どうも。」先客はなし。
「なんだか、今日は雰囲気が違いますね。」とマスター・・・やっぱり、表情が暗かったかなあ・・・「そうですか・・・違いますか?」としんみり聞いてみる。「なんだか、今日は晴れやかな感じですよ。」・・・がくっ。「何かいいことあったんでしょ。」・・・なぜだ! 苦労が表情に出ないタイプなのだろうか・・・。
「まあ、いいや。とりあえず、飲み物を注文しますよ。」「失礼しました。何にいたしましょう。」・・・カウンターの後ろの棚を眺める。「じゃあ、シャルトリューズを。トニックウォーターで割ってください。」「かしこまりました。シャルトリューズは緑の方でよろしいですね。」「緑で。」
「どうぞ。」とコースターの上にシャルトリューズ・トニックが置かれる。一口・・・ふわ〜、疲れが癒されるなあ。甘さの中に薬草っぽい苦味がほのかに効いている・・・疲れたときはこれが一番。ちょっと元気を取りもどす。「そういえば、先月の九州出張はいかがでしたか?」とマスター。そうか、九州に行く前に来て、それっきりだっけ・・・。「何か楽しいことありましたか?」
九州でのトホホ話をして笑っているうちに、完全に調子を取り戻す。自分の単純さが微笑ましい。そういえば「お土産を買ってきますよ。」と約束したような気が・・・。カステラを買って帰ったものの、羽田から直接中野の「ブリック」の方に行ってしまい、そこでお土産を渡してしまったんだった・・・。この件には触れないようにしよう・・・。
話題を変える。「鷺ノ宮のペルルのマスター、退院したんですよ。新店舗での営業も始まりました。」「それは、よかったですね〜。」・・・新店舗開店の日の様子などを話す。「鷺ノ宮といえば、平丸家というお店をご存知ですか。」「もちろん。その店が開店した日の開店時間に行きましたから。自分が第一号の客です。まあ・・・それからあんまりいってないんですけど・・・」「鍋のお店なんですか?」「鍋もあるんでしょうけど・・・何でもある居酒屋だったような・・・・」
「お知り合いなんですか?」と尋ねる。「ええ、同じボクシングジムでトレーニングしてるんですよ。」・・・ええっ!ボクシング? 平丸家のマスターが、もと日本ランカーのボクサーだったことは聞いたことはあるが、アルフォンソのマスターがボクサー??? 落ち着かねば・・・。シングルモントウイスキーを・・・。「すみません。スプリングバンクを・・・オンザロックでお願いします。」
「どうぞ。」・・・では、一口・・・おおっ、滑らかな口当たり、高い香り・・・そして塩味がほのかに・・・港町のウイスキーだなあ・・・キャンベルタウンという街の風を想像する・・・。で、ボクシングジムだ。「まさか、マスター、元ボクサー?」「まさか!ボクササイズですよ。気持ちいいですよ。」・・・そうだよなあ。「そのジムで、平丸さんと知り合いになりまして、名刺交換したら、その名刺に『夏は鍋!』ってあったので、鍋の店かと・・・。」「なるほど。」・・・ん?夏は鍋?・・・。
「英会話も勉強しているんですよ。」「ほう〜。」「最近、英語圏のお客さんも多いですからね。」「なるほど。」「阿佐ヶ谷にも、外国人の方が集まるお店がありますよね。」「どこ?」「立ち飲み風太君ってありますよね。」「レッサーパンダの絵が描いてある店ですよね。」「その2階に、我無双っていう店があります。」「英国風パブみたいな店ですか?」「クラブですね。」・・・縁はなさそうだ。
女性が一人入ってくる。「この前はどうも。」などとマスターに挨拶している。「あれからどうしました。」「え〜、帰りましたよ。」っていう感じ。「そういえば、新しいスイーツの店が阿佐ヶ谷にできましたよ。」とマスターが思いついたように言う。「へえ〜。」と二人で言う。「どこに?」「北口のパサージュを抜けて、左に少し言ったところです。フレンチパウンドハウスという、巣鴨の有名店らしいです。ショートケーキを買ったら一つ600円で・・・美味しかったですけど。」「そこ、自分も行きました。」・・・ケーキを買うと、お店の外まで出てきて「ありがとうございました!」と大げさに送ってくれる。道行く人々に、何だ何だっていう感じで見られるのが気恥ずかしかった・・・。そんな話で盛り上がる。スプリングバンクのおかわりを注文。
「店を覗いている人がいます。」とマスター。ドアの方を見ると、真ん中の細いガラス越しに店の中を覗いている二人の若者が見える。店に入ろうかどうか迷っている感じ。彼らからは、自分だけが見えるはずだ。ちょっと気取ってウイスキーを飲んでみる。それで決めたかどうかは分からないが・・・二人が入ってくる。自分の隣に座る。大学生風の男性二人。
そのうちの一人が、「アルコール低めで、何かおすすめは?」と早口で聞く。もう一人は、うんうん、という感じで頷いている。「そうですねえ。ウオッカベースですと、モスコミュールとか・・・。」その言葉にかぶせる様に、「グラスホッパーとかは?」と頷いていた方が聞く・・・なんだ、最初から決めたたんじゃん。「甘いカクテルですね。ミント・クリームみたいな・・・。」「じゃあ、ミント・クリームください。」・・・グラスホッパーでしょ。
「じゃあ、僕はブルームーンをください。」ともう一人。・・・渋いなあ。ブルームーン・・・青い月=ありえないこと=出来ない相談か・・・。どうやら、忙しくなりそうだから、この辺で。「ごちそうさま。」「ありがとうございます。」
コートを着て、女性客に「お先に。」と声をかける。「じゃあ、マスター、また。」「また元気がなくなるようなことがあった時には、いつでもどうぞ。」・・・なんだ、最初からお見通しか・・・。晴れやかな感じなんて・・・。「元気な時も来ますよ。」「お待ちしております。うちはトークバーですから。出来ない相談でもどうぞ。」・・・ブルームーン・・・ありえないバーかも知れないと思う。
Posted by hisashi721 at 22:26│
Comments(6)│
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毎回楽しみにしています。
この頃は更新が多くて嬉しいです。
>なんだ、最初からお見通しか
マスターに惚れました(笑)。
「元気無いですね」と労わるのも良いですが
寄り道さんには嘘でも「晴れやかな感じ」と言った方が気分が上向くと感じたのでしょうね。
ノイズっぽい若者2人をサッと書いて「ブルームーン」の意味で締めるのにも痺れました。
無理せず、長く楽しく書かれていくことを願っています。
これまた名文ですね。そのうち出版して欲しい………。
前々回の、「いい気持ちになっている自分に気づく。久しぶりだ。嬉しくなる。で」という箇所にも、うんうん!わかる!と思い切り共感でした。
お陰様で、最近またお酒が美味しいです。
ネット界では、たまにしっかりと楽しむ事の出来る
「読み物」に出会うことがあります。私にとって
寄り道さんのブログはその一つです。毎回毎回、
楽しませてもらってます。私は酒をやらないのです
が、寄り道さんの世界が好きで(というか、私は
太田和彦さんの番組も好きで見るほうなので、
この手の「酒の世界観」が以前から好きでは
あるのですが)、面白く読ませてもらってます。
かわばたさん、こんにちは。
ブログを読んでくださって、ありがとうございます。できるだけ更新していきたいと思います。
マスターはとても話がうまく、ついついしゃべり過ぎてしまいます。楽しい時間を過ごさせてもらってます。
こういう店だと、ブログも書きやすいです(笑)
姐さん、こんにちは。
勇気の出るコメント、ありがとうございます。共感していただけるのが、一番嬉しいです。
九州は焼酎も料理も美味しいので、とても羨ましいです。
これからも、雑感的なものになると思いますが、読んでいただけると嬉しいです。
ファンの一人さん、こんにちは。
「読み物」として捉えてくださっているんですね。ありがとうございます。書き甲斐があります!時間があまりとれず、見直しもできないままアップしている状態ですが、がんばって書いていきます。
これからも、よろしくお願いします。