新宿駅地下街、ザブナードを歩いている。JR新宿駅で降り、小田急ハルクで買い物を済ませた後、地下道を通って、西武新宿駅に向かう途中だ。それにしても、今日は疲れた。この調子であと一週間過ごさなければならないとは・・・。時計を見ると、午後7時40分。
サブナード商店街は、女性を対象にした店ばかりだ。ここは男性だってたくさん歩いているのに、どういうわけだろう。以前は、メンズファッションの店もあったのだが、やっぱりやっていけないのだろうか。鞄専門店でさえ、女性用のものばかり並んでいる。だから、歩いていてもつまらない。疲れが増すばかり・・・。
ファッション専門店街が終わり、飲食店街に入る手前辺りに、なんか派手な装飾の店がある。いつもなら通り過ぎるところだが・・・ビールでも飲んで行くか。白地に赤で「トラノコ」と染め抜いてある派手な暖簾越しに見ると、お客さんがたくさん入っているようだ。さて・・・。
ドアを開ける。広い・・・。奥まで、ずっとテーブル席が並んでいる。その奥にもまだ席があるようだ。ちょっと戸惑う。お客さんがぎっしり。入り口のから奥に向かって5席ほどのカウンターがある。カウンターの中が厨房だ。お店の若い女性店員さんが、自分に気づいて、「いらっしゃいませ。何名様ですか?」と声をかけてくれる。「1人です。」・・・どこに座ればいいんだ?「店長さん、1名様です。」と厨房に女性が声をかける。
「いぃらっしゃいぃませぇ〜。」と元気な声を出しながら、店長が姿を現す。自分の顔をみると、「おお!」とちょっと驚いたような満面の笑顔。まるで、とても会いたかった人に、久しぶりに会えたみたいな表情だ。もちろん初対面。つられて自分も笑顔を返す。「じゃあ、こちらにどうぞ。」と、目の前のカウンターの端っこの席を掌で示してくれる。横の台に鞄を置いて、コートを脱ごうとすると、先ほどの女性の店員さんが、後ろに回ってコートを脱がしてくれる。えっ?「ハンガーにお掛けしますね。」とコートをテーブル席との仕切に掛けてくれる。「どうも。」「はいっ!」と笑顔・・・えらくサービスのいい店だなあ・・・。
「お飲み物は、いかがなさいます?」と女性。メニューをさっと見て、「キリンラガービール〈中瓶500円)を、お願いします。」と注文。「カウンターのお客様に飲み物の注文をいただきましたぁ!」と女性。「あぁりがとうございまぁす!」と店中の店員さんが応える。目の前で煮込みの鍋をかき回していた店長が「ありがとうございます。」と改めて、声を掛けてくれる。まだ、ビールを注文しただけなのに、ものすごく歓迎されている気分になる。
おしぼりで手を拭いていると、早くもビールが届く。女性が「お料理はお決まりですか。」と問う。慌てて、カウンターの上に置いてあったメニューを手に取る。うへ〜、小さな字でびっしりとメニューが書き込んである。500種くらいある。すぐには決められない。が、ぐずぐず選んでいるのもイヤなので、ぱっと目に付いたものを注文してしまう。「イカリング〈370円)と・・・冷奴(270円)お願いします。」・・・イカリングと冷奴とは、自分でも意外な注文だなあ。ちょっと可笑しい。
ビールをグラスに注いで一口・・・ふう〜、今日またビールまでたどりついた・・・美味しい!お通し〈250円)は・・・イカげその和え物・・・ここでもイカ。そういえば、最近イカを注文することが多いなあ。タウリンを身体が求めているのだろうか・・・なんてことはないよな。お通しを一口・・・ん?ちょっと甘い。甘い味付けのイカってあんまり食べたことないような気がする。珍味だ。
冷奴が届く。鰹節が多めにかかっている以外は、いたって普通の冷奴。醤油をかけて、一口・・・ふむふむ。しっかりとした豆腐だ。さっぱりしている。こういうつまみもいいものだ。ちょこっとつまんで、ビールをごくっ・・・落ち着いて飲める。肴の定番というのもうなづける。カウンターの客は自分を含めて5人とも1人飲みの客。遠い席から、ホッピー、日本酒、日本酒、ホッピー・・・。
それにしても、この店は、外見よりも広い。100人までの宴会ができると、壁の張り紙に書いてある。それでいて、ボタンを押して店員を呼ぶというスタイルではなく、「すみませ〜ん。」と大きな声で呼ぶと、店員さんが一斉に「ただいま〜。ありがとうございます!」と応える。だから活気があるし、店と客の一体感がある。「すみません。」と言っても、なかなか通じない店もあるが、この店はそれがないようだ。誰かが気づいてくれる。店員さんが心を配っているのだろう。
カウンターの客は長居をせず、さっと立っていく。向こうから2番目の客が「ごちそうさま。」と立ち上がると、「カウンターのお客様、お帰りで〜すぅ。あぁりがとうごぉだいますぅ。」と元気な声。いいねえ。その隣の客も席を立つ。「続いてカウンターのお客様・・・。」 その間も次々とお客さんが入ってくる。店長がその度ごとに「おお!おらっしゃいませ!」と驚いたような笑顔で迎えている。人気店なのも分かるような気がする。
女子大生風の2人が入ってくる。「2人ですけど。入れますか。」女性店員さんが、店を見回すが、あいにくテーブル席の空きがないようだ。店長が、「ごめんね。カウンターでもいいですかねえ。」と心から申し訳なさそうに問う。女子大生風は、「カウンター、いいですぅ。」と却って嬉しそうに応える。店長がそれを聞いて、「カァウンタァー、新規2名様、おいでになりましたぁ〜。」と叫ぶ。「いぃらっしゃいませぇ〜。」と店員さんたちが唱和する。
「すみません。」とさっきの女性店員さんを呼んで、「白ホッピーセット(400円)を、お願いします。」と注文する。「白ホッピーセット・・・ね。」と自分を見つめてにっこり。ぞくっ。ちょっと間があって、「ホッピーセット、ご注文いただきましたぁ〜。」うわっ、びっくりした!
カウンターに座った女子大生風2人は「白ホッピー2つと生キャベツ、それから味噌きゅうり。とりあえず。」と注文する。すごく慣れている。そうか、生キャベツや味噌きゅうり、味噌かぶなど100円のつまみを食べれば安く済むのか。煮込み200円も安い・・・。そういえば、カウンターのお客さんはみんな生キャベツを食べている。1人で入ってきて、いきなりイカリングを注文するのって自分くらい・・・。
ホッピーが届く。氷と焼酎が入ったジョッキにホッピーを注ぐ。ホッピーは瓶の3分の1しか入らない。3杯飲めるな。マドラーで軽く混ぜて、一口・・・ふむふむ、いつもの味。自分の家に帰ってきた感じ。美味しい。
「イカリング」が届く。ドーナッツみたいに、キレイに丸い。では、一口・・・サクッとした食感・・・イカは歯ごたえはあるが柔らかい・・・イカリングって美味しいなあ・・・子供の頃の好物であった事を思い出す。潜在意識が注文させたのか?などと大げさなことを考えてみる。・・・ホッピー、ホッピー。
改めてメニューを見てみる。食事物が案外充実していることに気づく。焼きそばやカレーはもちろん、ハンバーグなんかもある。飲んで、食べて、盛り上がる・・・そんな店なのだろう。女子大生風の2人は、恋愛談義・・・「どんなことをしてもいいの。正直に話してくれさえすれば・・・黙ってられるのがイヤなの。」「わかる、わかる。」「私だって、悪いこといっぱいしてるもん。タツヤともケイスケとも・・・。」「わかる、わかる。」・・・おいおい・・・。
気を取り直して、焼酎のおかわりを・・・「すみません。ナカ(230円)お願いします。」と注文。「ナカの注文いただきました〜。」「ありがとうございます!」・・・ふぅ・・・。
男性客が1人入ってきて、さっき空いた自分の隣の席に座る。「日本酒。大きいの。」・・・おっ、渋いおじさんが来ましたよ。日本酒が届くと、ガラスの杯にさっと注いで、ぐいっ。で、また注いで、ぐいっ。・・・いい飲みっぷりだなあ。「何かご注文は。」とお店の人に聞かれて、「チーズもちとピザ。」・・・がくっ、マグロ刺と板わさとか何とか答えてほしかったなあ。まあ、人それぞれということで・・・。
替え焼酎も2杯飲んだことだし、今日はこの辺で。「ごちそうさま。」と言って席を立つ。・・・さあ、来るぞ!「カァウンターの、お客様、お帰りでぇぇすぅ。」「あぁりがとうございまぁす!」・・。店長がさっとレジに移動する。さすがにコートは着せてくれないので、自分で着る。会計を済ませる。「また、よろしくお願いします。」と店長が普通の声で言う。「じゃ、また。」軽く手を上げて、ドアを開ける。「あぁりがとうございまぁす!」・・・背中に圧力を感じるような元気のいい声で送られる。
外に出て、地下道を駅に向かって歩く。文句なく元気が出た。黙って飲んでただけなのに、楽しい気分になれたのだ。さて、明日も・・・いや、明日のことは考えず、楽しい気分のまま帰ろう。肩に掛けていた鞄を右手に持ち替えて、ずんずん歩く。
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