中野駅北口午後5時50分。早めに仕事を切り上げたのは、明日(23日)の祝日も出勤ということになってしまい、少しでも疲れを取ろうと思ったからだ。休日前の駅前はさぞや賑わっているだろうと思ったのだが・・・いつものパフォーマーたちも、さすがにこの寒さに怖じ気づいたのか、一組もいない。ティッシュを配っているのも、震えながら「お願いします」と小さな声で呟いている若い女性一人のみ。賑わっているのは、年末ジャンボ宝くじの売り場のみ。今日が最終日ということで行列ができている。
なんとなく、寂しい雰囲気の駅前を抜けて、サンモール商店街に入る手前の道を右へ。「れふ亭」の前で、買ったばかりの今川焼きにかぶりついている大学生らしき女性がいる。湯気が今川焼きから上がり、女性の白い息と混じり合う。冬だなあ、と実感する。ケンタッキーフライドチキンの前で左に曲がる。少し歩くと、「ブリック」。
店に近づくと、すっとドアが開く。立ち止まることなく店の中へ。ドア係のバーテンダーさんが開けてくれたのだ。さて、コートを壁のフックに掛けて・・・あれ?お客さんが一人もいない。開店直後ならともかく、珍しいことだ。こうなると却ってどこに座るか迷ってしまう。カウンターの真ん中に座ることにする。
「いらっしゃいませ。」と正面のバーテンダーさんが、おしぼりを渡してくれる。バーテンダー4人に対して客1人という状態。「瓶モルツを。」と注文する。店は当然静かで、BGMのジャズが微かに聞き取れるほど。グラスが用意され、1杯目はバーテンダーさんが注いでくれる。すっとコースターに乗せたグラスを自分の方へ滑らせてくれる。
お通しの「グリーン豆」が、続いて出てくる。では、ビールを一口・・・ここ何週間かの、神経を使う仕事も後少しだ、頑張ろう・・・としみじみ思う味がする・・・。美味しい。グリーン豆をひとつ囓る。ポリポリ。店が静かなので、ポリポリが店の中に響く。ポリッ・・・ポリポリッっていう感じで囓ってみる。結構楽しい。
あまり静かなので、手持ちぶさたになる。こういうときは携帯電話に逃げたくなる。メールをチェックしたり、サイトを見たりするとなんだか気が紛れる気がする。が、この場で、携帯に逃げるということは、店の人たちに対してバリアを張る行為になってしまう。で、バーテンダーさんたちに話しかけることにする。「今日も寒いですね。」「そうですね。昨日よりは心持ち暖かいようですけど。」
「もうすぐ今年も終わりですね。」「お正月は広島に帰省なさるんですか?」「帰ります。広島の街を歩くだけで癒されますから。」「へぇ〜、そうなんですか。」・・・というような会話をゆったりとしながら、ビールを飲む。
ビールを飲み干して、次はいつもの「ボウモア」。「今日はストレートでお願いします。」と伝える。ショットグラスとチェイサーの水が用意される。グラスにボウモアが注がれる。「どうぞ。」「どうも。」では一口・・・今日は、甘さが強く感じられるなあ・・・いい香りだ。美味しい!
ショットグラスだと、すぐに空になってしまう。もっとゆっくり飲めばいいのにと自分でも思う。3杯目になると、ああ、これで今日は終わりにしようかな、と思い始める。まだ、6時30分くらい。もう少し飲みたい気もするが・・・。ふいに、ある人物の顔が頭に浮かぶ。なぜだ!
それは、高田馬場のたこ焼き屋「
千成屋」のおじさんの顔。自己分析するに、静かな雰囲気の中で飲んでいたので、それとは逆のものを求めたのではないだろうか・・・。まあ、いいけど。ここから、また、東西線に乗って高田馬場か・・・。まだ、時間も早いし、行ってみるか。
この前は忙しいからと言って食べさせてくれなかったが、今日はどうだろう。・・・「ごちそうさま。」と言って席を立つ。
年末ジャンボの行列の横を通って、改札へ。4番線にはちょうど、「東葉勝田台行き」が入線してきている。乗ると間もなくドアがしまる。高田馬場へ。落合の駅で時間調整のため若干停車時間が長かった以外は、順調に高田馬場へ。早稲田通りを「千成屋」に向かって歩く。空気は冷たく、空にはくっきりとした三日月。
「千成屋」では、おじさんがたこ焼きを焼いている真っ最中。集中しているので、自分には気づいてくれない。ドアを開けて店の中に入る。「こんばんは。」・・・おじさんが顔を上げる。「ああ、いらっしゃい。」他の客は誰もいない。
ステンレスのテーブルの周りに4つテーブルが置いてある。2つ増えたなあと思いながら、その一つに座る。「とりあえず、5個(300円)ください。それから、生ビール(大450円円)を。」「焼き上がるまで、もうちょっとやからな、待っててな。」「いいですよ。ゆっくりで。」・・・焼きたてを食べられるな。嬉しいぞ。
「今日は忙しいですか。」と話しかけてみる。「忙しいことなんてあるかいな。たこ焼き屋に忙しいという言葉は似合わんわ。」「でも、一昨日は100個の予約で大変だったじゃないですか。」「それはな。たまたまや。あんなんが一日1つか2つあったら、うちも楽なんやけどなあ。」「おかげで、一昨日は食べそびれましたからね。」「あんたもな、暇なときに来いや。タイミング悪いで。うちは1人やからなあ。誰か、ソースかけたり、マヨネーズかけたりしてくれる人がいたら違うんやけどなあ。しょせん1人ではこんなもんや。」「今日はいいタイミングだったでしょ。」「せやな。」
「インターネット見たってお客さん来ますか。」「ああ、この前もな、4、5人で来てくれてな。ありがたかったわ。生ビール飲んでな。」「美味しかったって言ってたでしょう。」「ああ、美味しいゆうてな。ほんま、嬉しいなあ。」・・・おじさん、本当に嬉しそうだ。よかった。よかった。
焼き上がったところで、おじさんが生ビールを注いでくれる。そこに、お客さんが来る。「15個、持ち帰りで。」「なんや、持ち帰りかいな。」「今日は、ちょっと用があって。」「ここで、食べて行きいな。まだ、早いで。」「そうなんだけど、ちょっと。」・・・常連さんだな。生ビールをテーブルに置いてから、「ちょっと待っててや。」と自分に声をかける。「いいですよ。こっちは後で。」・・・生ビールを一口・・・ぐいっ。美味しい!
持ち帰りのお客さんが帰る。「たこ焼きは、ソースはどうする?」「素焼きのままでいいです。」皿に入れて渡してくれる。6個入っているぞ。さて、一口・・・熱つつつ・・・さすが焼きたて・・・やっぱりこの味!外側1ミリがカリッとして、中身がとろ〜り、大きめのタコが柔らかくて・・・海老の風味が最高だ!美味しい!ビール、ビール!
「素焼きでも十分いけるやろ。」「いけてます。」・・・店内にはNHKラジオが流れている。鳩山政権にも野党にも、おじさんは厳しい。ニュースの度に、「何やっとるんや、まったくしょうもないなあ。」と呟く。「まったく、けったくそ悪いで。」「まあ、まあ。」「ボクシングの亀田もあかん。態度がわるいからな。」「厳しいですねぇ。」「そらな、中学の後輩やからな。」「へっ?」「天下茶屋中学や。」・・・「てんがじゃや」という響きが何となくかっこいい。
ビールを飲み干し、たこ焼きも食べて、さらに10個お土産に持って帰ることにする。「ごちそうさま。美味しくて、涙が出ました。」と言って席を立つ。「嬉しいなあ。美味しかったゆうのんが一番嬉しいで。」「じゃあ、また。」「おおきにな。」店を出る。
おじさんと話すと、なぜか元気がでる。やったるで!という気持ちになるのだ。お土産のたこ焼きがほんのりと温かい。
Posted by hisashi721 at 17:15│
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