2010年02月14日

老紳士との再会・・・自由が丘「金田」

DSC01168今日(13日)は朝から雪。細かい雪の粒を頬に感じながら、出勤した。その後は、霙になり、小雨になり、一日中振り続けた。仕事をしながら、時々窓の外をみると、灰色の空がどこまでも続いている。地面が濡れて光っている。寒々とした光景だ。こういう日は、淡々と仕事をするに限る。時間の経つのが遅い。

午後6時、職場を出る。外はまだ細かい雨が降り続いている。バスで東急東横線「都立大学駅」へ。駅前は土曜日にもかかわらず、歩いている人が少ない。改札を抜けて、階段を上っていると、急行が通過するゴーという音がする。いつもとは反対のホームに上る。ホームに出ると丁度「元町・中華街行き」各駅停車の電車が入ってくる。

一駅電車に乗ると「自由が丘駅」に到着。階段を下りて改札に向かう。大井町線に乗り換える人と駅前ロータリーから入ってくる人で、ごった返している。高架下の改札から出る。雨は小雨になっているように感じる。吐く息は白い。改札口を右に出て、角を左へ。うなぎ専門店の「ほさかや」を過ぎると、「金田」の紺色の暖簾が見えてくる。ドアが開いて、1人の男性が出てくる。その人と入れ違うように店の中に入る。

奥のコの字型カウンターの中にいつも立っているはずのマスターがいない。代わりに女将さんが「いらっしゃいませ。」と声を掛けてくれる。その表情が「何名様?」と問うている。「こんばんは。1人です。」と答える。「じゃあ・・・」女将さんが、カウンターを見回す。一番奥、階段の下の席に年配のお客さんが1人いて、その左の席が3席空いている。それから、コの字の縦棒の真ん中に1席の空席。女将さんの表情が、どっちにする?と問うている。「奥に入ります。」

奥の3席の空席の真ん中に座る。女将さんが、お通しの湯豆腐と割り箸をカウンターの上に置いてくれる。「菊正宗(420円)を燗でください。」と注文。女将さんが「菊正、一本。」と奥に向かって言う。・・・今日は、都立大学のバー「コーナーポケット」の話をマスターにしようかなと思って来たのだが・・・女将さんに「マスターは、今日はいらっしゃらないんですか?」と聞いてみる。「今日はね。上高地に行ってるんですよ。」「上高地?寒いんじゃないですかね。」「まったくね。歩きに行ってるんですよ。」「そうなんですか。」

菊正宗の燗が届く。「ちょっと熱めです。」と女将さん。一口・・・確かに熱燗・・・身体が冷えているので美味しい・・・お腹の中から温まるようだ。お通しの小さな湯豆腐を食べながら、カウンターの上のメニューを見る。温まりついでに「鍋物」を。「すみません。鳥鍋(700円)をお願いします。」と注文する。それにしても、燗酒が美味しい。
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左隣に男性の一人客が座る。店には次々とお客さんが入ってくる。3人以上は2階席と決まっているので、自分の後ろを通って2階に向かう人たちも多い。1階の2つのコの字カウンターも満席状態。外ドアと内ドアの間のスペースには、2組くらい待っている人もいる。空いている席は、自分と一番奥のお客さんの間の1席のみ。

「鳥鍋」が届く。鶏肉と豆腐を、出汁の効いたスープで煮る「小鍋立て」。鶏肉を一口・・・ぷりっとした肉と脂身が口の中で混じって、旨味と甘味のバランスをとってくれる。スープがまた美味しい。透明感のある薄味のスープながら、出汁がしっかり効いていて鶏肉の旨味を引き出している。これは美味しい。燗酒、燗酒!
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「ちょっと、聞いてもいいか?」と奥の男性が自分に話しかける。・・・来た!「君とは会ったことがあるな。」・・・やっぱり。4,5年前にやはり一番奥の席で飲んでいたあの老紳士だ。店に入ってこの方を見たとき、そうじゃないかな、と思ったのだ。だが、50%くらいの自信だったので、話しかけるのを少しためらっていた。それに、淡々としたマイペースの飲みっぷりには、話しかける隙がなかった。

「ええ、あります。台風が近づいていて、雨が降った日でした。」「そうだ、そうだ。雨が降っていたんだ。」「確か上野の美術館からの帰り道ではなかったですか?」「よく覚えているなあ。今日も雨が降っているから、何か縁があるのかな。」「そうですね。」「もう1年ぐらいになるかな。」「いえ、4年か5年経っています。」「そんなに。そうか・・・。」

「君はいつもどれくらい飲んでいるのかな?」「外で4,5杯。それから家に帰って飲むこともあります。」「なぜ、外と家と分けるんだ?」「外で酔いつぶれたくないからです。4、5杯なら、普通に電車に乗って帰れますから。」「なんだ、君は悲観的なところがあるな。」・・・うぐっ。「そうでしょうか。」「身に覚えがあるだろう。」・・・うぐぐ。

「君には悩みはあるのか?」「もちろんあります。」「どんな悩みなんだね?」「えっ・・・まあ、人とのコミュニケーションとか・・・。」「そんなものは、自分に信念があれば問題じゃない。信念がないから、人のことばかり考えてしまうんだ。」・・・どへっ。「ちょっと、待ってください。お酒を注文しますから。」・・・菊正宗をおかわり。

「まあいい。人と話すのは難しいもんだからな。俺も人と話すのは得意じゃない。でも、君にならよく話ができるようだ。」・・・得意じゃないって、あの・・・。老紳士は焼酎の水割りを飲んでいる。かなりペースで飲んでいるようだが、呂律が回らないとかそういうことはない。さすがだ。この前お会いしたときに、金田には「55年通っている。」という話だったから、どう考えても年齢は・・・。

もう一品おつまみを・・・「すみません。雲丹の煮こごり(750円)をお願いします。」老紳士の弟さんが鷺ノ宮に住んでいらっしゃったことがあるということで、鷺ノ宮の話などする。「いい店はあるのかね?」「いくつかはあります。」「そうか。鷺ノ宮でも飲むのかな?」「ええ。今度、鷺ノ宮で一緒に飲みましょうか?」「遠いな。」・・・まあ、そうですね。

「雲丹の煮こごり」が届く。美しい。黄金色の雲丹がたっぷり入っている。そして透明なゼリーのような煮こごりが雲丹を覆っている。一口・・・わ〜、雲丹の味わいそのものだ・・・それに、上品な煮こごりのほのかな出汁の香りが加わっている。美味しいなあ。これは、素晴らしい料理だ。燗酒、燗酒!「すみません。燗酒、もう1本。」
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「先生、焼酎が無くなったところで、終わりにしては?」と女将さんが老紳士に話しかける。「いや、ウイスキーにする。それから、うなぎのくりから焼きをもらおうか。」・・・ここからウイスキーとは、恐るべし!・・・自分だったら、お店の人に「そろそろ」と言われたら、「そうですね。そうします。」とか、なるべくスッキリとした言い方をして、席を立ってしまいそうだ。悲観的で、信念がないのか?・・・。

菊正宗を3本飲んだところで、今日はこの辺で。さっと帰るのも自分の信念だから・・・。「先生、お元気で。またお会いしましょう。」と声をかける。「そうだな。そうしよう。帰り、気をつけろよ。」・・・ご自分こそ・・・。ほんの少しだけ水を入れたスーパーニッカのグラスを上げて、老紳士が送ってくれる。

外に出る。雨はほとんど気にならないくらいになっている。傘は開かずに、駅に向かって歩く。「信念を持て」か・・・。「信念」という言葉が、新しく出会った言葉のように胸に響いている。

東京都目黒区自由が丘1−11−4
03-3717-7352

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この記事へのコメント
飛べ、の方ですね。懐かしい………。前回の記事も温かい気持ちで読ませて頂いたのを思い出しました。
ひとり呑みはこんな出会いがあるからやめられませんね。

私もその場所にいるような気持ちになりました………。
今夜もほろ酔いです。

Posted by 姐 at 2010年02月14日 23:31
燗酒にふさわしい天候が続いてますね♪

燗酒、燗酒!


この感じがいいですね〜☆
Posted by いのこ at 2010年02月15日 08:50
こんにちは。

私も先日、金田にお邪魔したばかりです。
烏賊刺し、白菜漬け、小松菜の煮浸し、おでん、糟汁。
こんなところで、小瓶と白鷹を四本。
ちょっと酔っぱらいました(苦笑)。

いずれ記事にしましたら、TBさせていただきます。よろしくお願いいたします。
Posted by me at 2010年02月15日 14:09
姐さん、こんにちは。

そうです。「飛べ」の人です。
この前よりも、鋭さを増してました。
満席でも、この方の横の席が空いている理由が分かりました。
只者じゃないというオーラがあるんですね。

それにしても、4、5年経っても、飛んでなかったですね・・・。
Posted by 寄り道 at 2010年02月15日 16:48
いのこさん、こんにちは。

まさに燗酒日和です!
今日も寒いですね。ということは・・・。

お酒が飲めない理由が分かりました。
自分としたことが・・・迂闊でした。

代わりに飲みますので、せめて気分だけでも味わってください。

Posted by 寄り道 at 2010年02月15日 16:54
mesinosukeさん、こんにちは。

「金田」の2階で飲みましょう。座敷でのんびりと・・・。
自分は2階の雰囲気が好きです。

1階も出逢いがあっていいですけどね(笑)
Posted by 寄り道 at 2010年02月15日 17:03
はじめまして。

寄り道さんのブログはずいぶん前から拝見させていただいておりました。一時中断(?)されていた時期があったので私も覗く機会が減っていましたが、再開されていることに最近気がついて、また時々お邪魔をしております。

寄り道さんは文章がお上手で、しかもエピソードが面白いので、ついつい引き込まれてしまいますが、中でも金田のこの老紳士のお話しはとても印象的でした。今回その続編ともいうべきお話しが書かれてありましたので、嬉しくて私もコメントしてしまいました。

私も一度、この老紳士にお会いしたいものです。ちなみに自由が丘にはなかなか行く機会がありませんが、金田さんには3、4度伺ったことがあります。
Posted by Robbins at 2010年02月17日 19:01
Robbinsさん、こんにちは。

ブログを読んでいただいて、ありがとうございます。
今回は「老紳士の教え」の続編になりました。次にまたこの方に会うことがあったら、また書きますね。次は「老紳士の小言」にならないように気をつけねばと思っています(笑)

「金田」はいいですね。
今回、つくづく思いました。

これからも、よろしくお願いします。
Posted by 寄り道 at 2010年02月19日 15:15
寄り道さん初めまして。
初めてコメントさせて頂きます。
寄り道さんの文章とても上手いですね、何時もその表現力に感心しながら読んでいます。

最近の書込みを読んでいると勤務先は目黒通
り沿いのような感じがします。
私は目黒通り沿いに住んでおりとても親近感を感じます。
さて金田ですが週1回家内とデートと夕食を兼ねて訪れています。
ここは本当に安心して飲めるお店です。
先日はご主人が上高地に行かれた写真を見せて頂きました。

又、娘達が阿佐ヶ谷や西荻窪に通っていることもありこの辺りのお店の記事も興味深く(娘達とデート出来る場所探しですが)読ませて頂いています。

これからも一杯寄り道をして下さい。
Posted by shinsandesu at 2010年02月27日 23:25
sinsandesuさん、こんにちは。

目黒通り沿いにお住まいですか。
いいですね〜。落ち着いた住宅街で、いい店も多いですよね。
自分は、目黒通りのバスをよく利用しています。
本数が多くて便利です。どこかでお会いするかもしれませんね。

金田でデートとは素晴らしい!
ご一緒したいところですが、デートでは、お邪魔できませんね(笑)

阿佐ヶ谷、西荻窪は地元ですので、
暖かくなったら、いろいろ回ってみようと思っています。

これからもよろしくお願いします。
Posted by 寄り道 at 2010年03月01日 17:12