球磨焼酎の思い出・・・中野「田原坂」
今日(16日)は、「夕方から雨」の予報通り、6時過ぎに雨が降り始めた。傘をさして職場を出た時は、雨に雪が混じっていた。もう「寒い」というのも嫌になるほどの毎日だ。それでも仕事を終えた安堵感で、心は軽い。寒いから温まって帰るという前向き(?)な寄り道精神が湧き上がる。
目黒駅から山手線に乗る。電車は満員で、無理矢理身体をドアの中に押し込む。ドアが閉まる時、むぎゅ〜、という音が聞こえたような気がする。隣の女性が携帯電話でメールを打ってるのだが、その小刻みな肘の動きが脇腹に伝わってくる。次の恵比寿駅までその和感を抱えたまま我慢する。
新宿駅で乗り換え。中野に向かう。外は雪混じりの雨が降り続いている。総武線各駅停車の電車は比較的空いているので、のんびりと外の風景を見ながら過ごす。頭の中では、今日はどの店に寄ろうかと考えている。雨と来れば「田原坂」かな。久しぶりに「球磨焼酎」でも飲んで温まろうかな。
中野駅で下車。北口ロータリーに出ると、雨は小降りになっている。傘をさした人の群れと、車のテールランプの列が、なんだか寒々しく見える。サンモール商店街を真っ直ぐ奥に進む。さらにブロードウエイを抜けて、早稲田通りに出る。右へ少し歩くと、「田原坂」の看板の灯りが見えてくる。早稲田通りに冷たい風が吹き抜けていく。
暖簾をくぐって戸を開ける。傘を閉じて、ビニールの傘袋に入れながら、「こんばんは。」とカウンターの中の男性に声をかける。「いらっしゃいませ」。店の奥に10卓くらいあるテーブル席は満席。カウンター席には手前に3人。「こちらにどうぞ。」とカウンターの奥の席に案内される。椅子に座りながら、「ビールの小瓶(500円)をお願いします。」と注文する。
ビールとお通しが届く。まず、ビールを一口・・・ビールを飲むと一日の疲れがすっと和らぐ。ふぅ〜。お通しは「あんきも」。酢醤油がかけてある。一口・・・あんきも特有の香りが口の中に広がる・・・ねっとりとした味わいを酢の酸味が引き立てている・・・美味しいなあ。
店内は白と黒の色調で統一されていて、すっきりとした印象を受ける。壁には西郷隆盛の大きな肖像画。お客さんの年齢層は様々。女性同士でテーブルを囲んでいる人たちもいる。席はゆったりとしているので、くつろげる雰囲気だ。さらに、フロアを切り盛りする女将さんと2人の男性店員さんが、店全体に気を配ってくれているので、注文もスムーズにできる。ちょっと目を合わせれば、すぐに近くまで来てくれる。・・・「ご注文ですか?」「からし蓮根(450円)をお願いします。」
「からし蓮根」が届く。一口・・・サクッとした歯ごたえがいい・・・辛子がつんと鼻に抜ける。涙がじわ〜と滲んでくる。この辛さがたまらない・・・ビール、ビール!美味しいなあ。この店の「からし蓮根」は特別美味しいような気がする。ビールは小瓶なのですぐに飲み終える。さてと・・・「すみません。球磨焼酎(350円)をお湯割りでお願いします。」
球磨焼酎のお湯割りが届く。一口・・・熱っ・・・癖はほとんどなく、すっきりした味わいだ。身体がじわっと温まっていく。美味しい。からし蓮根にも合うよなあ〜。こうなったら、もう一つの熊本名物も食べなくては・・・。「すみません。馬刺し(900円)ください。」
「馬刺し」が届く。スライスされた馬肉が扇形に盛られている。おろし生姜とおろし大蒜が添えられている。生姜を醤油に溶かし、少しだけつけて、一口・・・う〜ん、まろやかな歯触り・・・噛むととろりとした旨味が口の中に広がる・・・脂の甘みも優しい・・・美味しい!球磨焼酎、球磨焼酎!・・・「焼酎、おかわりお願いします。」
「球磨焼酎」には、ちょっとした思い出がある。大学を卒業して最初に就職した職場でのことだ。同期の中に30歳くらいの中途採用で入ってきた人がいた。その人は、熊本の人吉という所の出身で、長くその地元で働いていたという。単身赴任で転職したものの、職場には馴染めずに、苦労しているようだった。
その人に一緒に飲まないかと自宅に誘われたことがあった。単身赴任のマンションの一室は、殺風景で寂しくて、その人の悩みがそこに反映しているように感じられた。・・・近くのスーパーで買ってきた餃子がテーブルの上に出ている。「後で野菜炒めでもつくるから。」と久々の笑顔を見せながら、「酒はもっぱらこれなんだ。」と一升瓶を持ち出してくる。
「球磨焼酎なんだけど、飲んだことあるかなあ。」「飲んだことないですねえ。」グラスが2つでてきて、一升瓶がからどぼどぼと注がれる。ストレートで飲むのか・・・「乾杯してくれよ。」「はい、どうも。」グラスを合わせる。その時飲んだ「球磨焼酎」はとても癖があって、飲みにくかったような気がした。
その人は、驚くほどのペースで焼酎をぐいぐい飲んで、顔が真っ赤になっていく。小さなアルバムを出して来て、奥さんと小さな女の子の写真を見せてくれる。その子が生まれたときの話を本当に楽しそうに話していた・・・何度も、何度も同じ話を。そのうち下をむいたまま黙り込んでしまった。涙がぼろっと落ちた。そして、テーブルを叩きながら、絞り出すようにこう言ったのだ。・・・「俺は、帰りたいんだ。帰りたいんだよ!」
その時、自分がどんなことを言ったのかは覚えていない。ただ、ひたすら「球磨焼酎」を飲み続けたことだけは覚えている。・・・その後、自分の方がある事情でその職場を辞めてしまい、その人は踏みとどまった。そして「人吉から妻子も呼んで頑張っている」という葉書を半年後にもらった・・・。
球磨焼酎のお湯割りの3杯目をもらう。あの夜のことを思い出しながら飲んでいると、周りの人々の声も聞こえなくなる。「帰りたいんだよ」という言葉は、決して弱音ではなく、闘う決意だったのだと思う。・・・かっこよかったですよ。もう一度乾杯してください・・・。遥か彼方の思い出に向かって、グラスを少しあげる。
東京都中野区中野5-42-11
03-3386-8976
17:00〜23:00
水休
Posted by hisashi721 at 18:39│
Comments(10)│
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その方の気持ちとてもよくわかります。私も二年前に、とある事情で東京都から長野県に移り住みました。寂しさを感じ、帰りたいと思うことはしょっちゅうです。
帰りたいという言葉は弱音ではなく闘う決意…素敵な言葉です。
私も寄り道さんに勇気を頂きました。ありがとうございます。
素敵なお店ですね☆
寄り道さんのおかげで、いつか行ってみたい店が沢山できました。
どうぞ、しばらくは代わりに杯をあけてください♪
晴れて解禁日となった暁には・・・
何を飲もうか。。。
当分、想像で楽しみます(笑)
胸を打つお話ですね。
毎日ブログ楽しみにしています。
寄り道さんの記事で紹介されたお店にちょくちょく行っております。
最近馬場のせんなりやさんにお邪魔しました。
よくあの店の前は通っていたのですが、なぜ早く入らなかったのか後悔しました、すごくおいしかったです。
馬場は私も好きな場所ですのでひょっとしたらお会いするかもしれませんね。
何だか胸がジーンとしました。人吉は熊本の中でも相良藩として独立国だったので、愛国心?の強い人が多いんですよね。
実はお恥ずかしながら、球磨焼酎、まだ楽しむところまでいけてないのです。独特のクセが苦手で…… この記事読んで、トライしようと思いました。熊本人として。
某球磨焼酎の酒造のホムペでライターとして仕事してたのに(笑)
寄り道さん、こんにちは〜
早稲田通り沿いにお店があることは知って
ましたが、そこに行かずしてまさか自分が
その地元の熊本に生活の場所を移して仕事
をすることになるとは思っていませんでした。
そう言えば、昔遠い異国で仕事をしていた頃、
人吉出身の人が来てましたが、かたくな
に生まれ故郷の生活スタイルを守ろうとして
苦労されていたのを思い出しましたよ。
米焼酎もいろんなものが地元ですからあります
けど、天草産のそのものずばりの「天草」という
銘柄はクセがなくおいしかった記憶があります。
かよさん、こんにちは。
帰りたいけど、帰らずに最後まで頑張るという強さを感じました。
この思い出は、自分にも勇気を与えてくれています。
辛さを我慢して頑張っている人はみんな強いですね。もちろん、かよさんもです!
いのこさん、こんにちは。
解禁になったら、ぜひ「田原坂」にも行ってみてください。味のあるいいお店ですよ。
「何を飲もうか」と考えるのは楽しいですね。
自分なんて、毎日帰り道にはそればかり考えています(笑)
尚さん、こんにちは。
ブログを読んでいただいて、ありがとうございます。
「千成屋」に行かれたんですね。美味しいですよね、あのたこ焼き。思い出す度に食べたくなってしまいます。
高田馬場は帰り道でもあり、よく途中下車してますので、お会いできるかもしれませんね。
その時はよろしくお願いします。
姐さん、こんにちは。
なるほど、人吉にはそういう歴史的背景があったんですね。
その人も、不器用ながら一本筋の通ったところがありました。
球磨焼酎のライターって、素敵ですね。
これは、飲むしかないですね(笑)
こむこむさん、こんにちは。
熊本にいらっしゃる、姐さん、こむこむさんにコメントを頂くと、ついこのお店のことを思い出してしまいます。「田原坂」は中野の熊本ですからね。
人吉の方って、やっぱりかっこいいと思います。
「天草」ですね。探してみます。東京で売ってれば、必ず飲んでみます。
ちなみに、田原坂の日本酒は「瑞鷹」という銘柄でした。