10年くらい前から、西新宿に毎週のように通っている店がある。その店が3年前に休業してしまった時、それまで当たり前のように店で会っていた人たちと連絡が取れなくなってしまった。名前さえもあだ名で呼んでいた人もいて、当然、詳しい住所や勤め先なども知らない。だから、その店がなくなれば、その店に集っていた人々との関係も無くなってしまうのだ。
1年前に店が再開し、お客さんも戻って来て、感動の再会を何度も経験したわけだが、その中で1人だけ未だ店に顔を出さない人がいる。年齢は40代後半くらいだろうか。いつも穏やかにお酒を飲んでいる印象で、誰からも好かれていたと思う。競馬が趣味で「メジロ系」の馬が好きだと言っていた。だから、メジロマックイーンの血統に繋がる名馬「オルフェーヴル」がフランスG1レース「凱旋門賞」に出走した時は、パリのロンシャン競馬場まで駆けつけたという。
誰もが会いたいねと言っている。しかし、手がかりがない。わかっているのはスカイツリーの近くに住んでいるということと、その街に好きなラーメン屋があり、その店に通っていることくらい。ラーメン屋の名前も誰も知らない。こんな情報ではわかるわけない。・・・が、やっぱり気になるなあ。スカイツリーの見える場所に行けば、もう一度会える気がする・・・。
土曜日の仕事が午後3時過ぎに終わり、さて、どうしようと考えながら山手線で渋谷まで来た。半蔵門線乗り換えの表示が目に入った瞬間、スカイツリーが頭をよぎる。まだ時間も早いし、その辺りには最近行ってないから、どこかで飲んで帰ろうかな・・・ハチ公前から階段を降りて、「しぶちか」に入り、半蔵門線の改札に向かう。「押上スカイツリー前」行き各駅停車に乗り込む。押上までは31分。うとうとしているとあっという間に着いてしまう。降りると向かいのホームが東武伊勢崎線スカイツリーライン。今日は「東向島」まで行ってみるか・・・。
乗り換えた電車が急行だったので「東向島」には止まらないとわかり、慌てて、「曳舟」で降りる。東口を出ると、右手にスカイツリーが聳え立っている。大きなショッピングモールがあり、家族連れが多い印象。落ち着いた街並みに見える。土曜日の午後5時。暑さも和らぎ、風が涼しく感じる。これなら少し歩いても苦にならないなと思う。
スカイツリーを背に、大きな通りを10分ほど歩く。すると、わー、この店に入りたい!この店で飲みたい!と思わせる、古びてはいるが貫禄十分の建物が見えてくる。ここ、ここ。ハイボール飲みたいよー。はやる気持ちを抑えて引き戸を開ける。「いらっしゃい!」・・・入口右手の壁沿いにテーブルが3つ。奥から2つは埋まっている。左手カウンターは入口に並行している短い辺が4席。若いご夫婦が座っている。奥に伸びる長い辺は7、8席。6人くらいが座っている。
ご夫婦の隣が2席空いているので、「1人ですけど、この席いいですか?」と問う。カウンターの中には女性3人。気が付いてくれたお姉さんが「一つ空けて、そこに座ってください。」と答えてくれる。ご夫婦の隣の席には袋に入ったおしぼりが置いてある。もう一人ここにくるのかなと思い、カウンターの角に当たる部分に座る。左隣は30歳くらいの男性2人。
ママさんが「いらっしゃい。」声をかけてくれる。「ハイボール(380円)お願いします。」「氷は?」「なしで。」「なしね。」「あとカシラ(380円)を塩で、それからニラ玉(430円)を。」一気に注文してしまう。ご夫婦とサラリーマン二人に挟まれていて、それぞれ会話が弾んでいる。その会話には加われそうもないし、一人で来ているお客さんも他にいるが、遠い。まあ、のんびり飲みますか。
ハイボールが届く。エキス入り焼酎のグラスと炭酸のボトル(花月)というスタイル。炭酸を注ぐとグラスにピッタリ収まる。では、一口、スッキリしている。全く癖がない。氷抜きなので、すんなりと入ってくる優しい味になる。いわゆる下町ハイボール。久しぶりだなあ。
カウンターのお客さんから「ボールおかわり!」の声が次々。みなさん、いい飲みっぷり。
隣の男性2人はどうやら初めての来店らしく、生ビールを飲みながら壁に貼られたメニューを眺めている。そこに自分のニラ玉が届く。それを見て1人が「美味そー」と控えめな感想を声に出す。「うん、美味そうだね。」ともう1人が囁く。なんだか少し誇らしい。「そちらもニラ玉いかがですか?」と言いたくなる。・・・ニラ玉どころかニラを食べるのも超久しぶりだ。以前鐘ヶ淵の居酒屋で食べたニラ玉がとても美味しかったのを思い出す。一口・・・ほー、やや濃い味付けだが、これはハイボールに合うよなー。それにトロッとした卵が最高。墨田区、ニラ玉レベル高し!
カシラ焼きが届く。串2本だ。一口・・・味わいが深い。噛めば噛むほど肉の旨味が出てくる感じ。美味しいカシラだ!ハイボール、ハイボール! ふぃ〜、うめ〜!隣の2人はアジフライを食べながら、「こんな店が近くにあるといいよな。」などと話している。・・・そうだよなー。わかる、わかる。・・・でも、ニラ玉は注文しなかったのね。
ハイボールをおかわり。飲み進める。メニュに「なんじゃもんじゃ」と言うのがある。もんじゃ焼きは好物なので、食べようかなーなどと考えていると、入った時に席をすすめてくれたお姉さんが、片付けのためにカウンターの外に出てきた。自分の方を見て「あっ、すみません。気がつきませんで。狭くて申し訳ありません。一つ移動してください。」という。
「え?」・・・ご夫婦の隣は2席空いていたが自分が座っている角の席は、確かに窮屈だ。もう一つの席の方がゆったりしている。一つ開けてと言うのは逆の意味だったのか、と気づく。自分が勝手に解釈して窮屈な方に座ってしまったのだ。でも、しきりにお姉さんは謝る。「いえ、とんでもありません。では移動させてもらいますね。」「本当にすみません。」「いやいや、大丈夫です。」・・・優しー。
このやりとりから、俄然居心地がよくなる。受け入れられているというか、心がのびのびするようだ。そこで、「ハイボールのおかわりともんじゃグラタン(480円)ください。」と注文する。もんじゃ焼きのグラタンなんて食べたことないので、楽しみだ。ハイボールぐびぐび。ふわ〜、たまらん!
もんじゃグラタンが届く。一口・・・もんじゃのソースとチーズが合うな〜。ボリュームもあって、満足。いけるよー。ハイボール、ハイボール。・・・気がつくと、店は満席。そりゃ、そうだ。この店、居心地最高だよー。
さて、帰り道も遠いし、この辺にするかな。席を立つ。先ほどのお姉さんが、「どうも、すみませんでした。またどうぞ!」と言って送ってくれる。客を大切にしてくれる店なんだな・・・外に出る。午後6時15分。もう暗くなりかけている。どこからか虫の声が聞こえてくる。長い夏が終わり、秋がそっとやって来たようだ。スカイツリーがカラフルに光っている。その横に三日月。自分が会いたい人もどこかで見上げているかな、と思う。
東京都墨田区東向島6丁目13−10
03-3619-6398
Posted by hisashi721 at 14:27│
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