12月30日。この日には思い出がある。小学校1年生の時、母に連れられて新しい家に引っ越した。それが今の広島の実家だ。引っ越すと早々に母は正月の買い物に出るというので、自分もついていった。正月料理の素材を中心に何軒かの店を周り、帰る時には雪が舞っていた。何ということもない1日かもしれないが、自分にとっては懐かしい母との思い出だ。
そんなことを思い出しながら、午前中は新宿のカフェでコーヒーを飲み、ブログを更新し、少し読書をした。のんびりした年末の1日。カフェを出たのは12時30分ごろ。あとは新宿駅から電車に乗って家に帰るだけ。外に出ると人出の多さに圧倒される。小田急ハルクには小田急デパートから地下食品売り場が一部引っ越してきたので、買い物客が殺到している。同時にJR新宿駅には帰省や旅行に出かける、大きなキャリーバッグの人も多く歩いている。
ちょっと書店に寄ってから帰ろうと地下に入ったが、人が多すぎて歩きにくい。とにかく人をかき分けるようにして歩き、「BOOK1」へ到着。目指す本を購入する。さて、帰ろうと思ったのだが・・・まだ午後1時前じゃないか、このまま帰るのも勿体無い気がしてしまう。しかし、新宿の馴染みの店は今日から年末年始のお休み。しかも、他の店に行こうにも時間が早すぎて開店前に違いない。どこに行く?
それはもう、あの街しかない。JRの改札を通り、中央線ホームへ。「東京」行き快速電車に乗り込む。御茶ノ水駅で総武線各駅停車「津田沼」行きに乗り換え。浅草橋で降りて、都営浅草線の駅に向かう。改札を抜けホームで待つことしばし。「印旛日本医大前」行き各駅停車に乗り換え。電車は京成線に乗り入れる。向かうは、そう「京成立石」だ。
押上、京成曳舟、八広、四ツ木と電車は進んでいく。「かどや」「岩金」「亀屋」「ゑびす」と順番に店を思い出す。電車は「京成立石」に到着。空は晴れて明るい。改札を出て階段を降りる。前回来た時の記憶が蘇る。その時は踏切を渡って「立石仲見世」という通りを目指したと思うが、今日は逆側。踏切は渡らず、左に曲がり、商店街に入る。
趣のある店が続く。昔ながらの本屋さんもある。ここで買えばよかったかな、などと思いながら歩く。しばらく歩くと、どうやら目指す店らしい建物が見える。しかし、暖簾が外に出ていなくて、外で数名の人中の様子を伺っている感じ。時計を見ると午後2時10分。午後2時開店のはずだが・・・。
もう一度駅の方角に歩き始める。ちょっと時間を置いて、また来るつもり。踏切を渡りアーケードのある大きな商店街に入る。途中右手の小路に入って「立石仲見世」を歩いてみる。有名なもつ焼き屋やおでん屋はお休みのようだ。しかし、この雰囲気、どこかに似ている。そうか、規模は全く違うのだが、広島駅前にあった「愛友市場」だ。年末の買い出し客で賑わっていた光景を思い出す。今は再開発で姿を消してしまった、思い出の場所だ。
また踏切を渡り、元のアーケードがない方の商店街に入る。さて、どうかな・・・。今度はちゃんと暖簾が出ている。ガラス戸を通して、中にお客さんが入っているのが確認できる。緑の暖簾には「ブンカ堂」という店名が染め抜かれている。・・・「しんちゃん」さん、来ましたよ。(コメント欄で紹介していただきました。)
通り側のガラス戸を引いてなかに入る。ガラス戸が思ったより軽くて、勢いよく開いてしまう。奥に向かってカウンターが2本伸びている。カウンターはそれぞれ5席ほど。コの字型カウンターの縦棒がない形。奥が厨房。右手のカウンターには男性2人組と1人客。左手には男女2人。ご主人と目が合う。「1人です。」と申告する。「開いている席にどうぞ。」と答えが返ってくる。その声には、初めての客に対しする程よい戸惑いが感じられる。
左手のカウンターのカップルの隣3番目の席に座る。2人の前にはサワー系の飲み物が置かれている。向かいのカウンターのお客さんたちにはお通しが出たところのようだ。2人組がそれぞれ日本酒の銘柄を告げる。そして、ご主人が1人客の名前を呼んで、「今日は何にします?」と問う。そのお客さんが銘柄を答える。ご主人が厨房に入り、片口に注文された日本酒を注ぎ始める。
メニューが書かれた紙は2人組のところに置いてある。ただ飲み物については向かいの壁上の黒板に書いてある。ウイスキー、サワー類、ワイン、日本酒の銘柄などが書かれている。日本酒にしようと決める。銘柄は11種類・・・一見して山陰地方の銘柄が多いことに気づく。へー珍しいなあ。どれも好みだが・・・。故郷広島の「竹鶴」もあるなあ・・・。ご主人がそれぞれのお客さんにお酒を届ける。酒の説明を一言添えているのが好ましい。酒に対する愛情を感じる。
そして、ついに自分に声がかかる。「飲み物はどうなさいますか?」「神亀(750円)を冷でお願いします。」「常温ですね。」「はい。」・・・確か、竹鶴酒造の杜氏さんは、埼玉の神亀酒造におられた方だったと思う。神亀酒造を辞めて、故郷広島に帰ったという話を聞いたことがある。「故郷広島に帰る」というところが今日の自分の気分を刺激したらしい。純米酒は燗がいいのだが、今日はじっくり常温で味わいたい。
お通し(300円)の小鉢とおしぼり、杯、片口が届く。ご主人が酒瓶を示して自分にも説明してくれる。「真穂人」とラベルにある。五百万石か・・・。ご主人が片口から杯に一杯注いでくれる。恐縮して受ける。酒は薄い琥珀色。では一口・・・米の味がしっかりと感じられる。フルボディタイプ。美味しいなあ。この一年の色々なことが報われる味。この酒を選んでよかったと思う。
お通しは白魚。センスがいいなあ。この店は盃も片口も皿もおしぼりさえもおしゃれ。酒のチョイスだけでなく、ご主人の選択眼の繊細さが光る。それを露骨に感じさせないような語り口もいい。向かいの1人客の方に「新年はお仕事はいつからですか。」とさり気なく問い、「3日まで休みで4日から。」「お休み、意外と短いですね。」「あとは有休をとれってことかな。」「なるほど。UQモバイル。」・・・このとぼけた受け答えが、お客さんを和ませている。服装もカジュアルでいい。それが作務衣でも着て、酒の蘊蓄を語り、器の由来とかを説明するというマスターだったら、こんないい雰囲気は作れないだろう。
一段落ついたところで、隣のカップルが「注文いいですか?」と問う。「どうぞ。」「ハムエッグ。」・・・ふむふむ。「こちらもいいですか?」と2人組。「どうぞ。」「タンの煮込み。」「刺身の盛り合わせ。」「はい。」・・・なるほど。メニューを見てみたいが、ここは自分も・・・「こちらも、刺身盛り合わせ(650円)をお願いします。」と注文する。
刺身盛り合わせが届く。しめ鯖、シャコ、トリガイ、タイだと思われる。「市場に行ったら年末で何もありませんでした。」とご主人は言うが、素晴らしい組み合わせ。もてなしの心が伝わってくる。では、しめ鯖を一口・・・脂がしっかりのって・・・うめー。「神亀、常温でおかわりお願いします。」
ここで、1人客の方がお勘定。「早いですね。」とご主人。「今日は挨拶に来ただけ。これで年が越せるよ。」「わざわざありがとうございます。」・・・へー、愛されている店なんだなー。入れ替わりで1人客が入ってくる。それからカップルも入ってくる。「ああ、こんにちは。」という声がお客さんたちから発せられる。みんな知り合いtらしい。八広の「亀屋」のご主人が言っていた酒場のコミュニティ。いいなあ。
お酒を飲みながら、今日はどうも故郷のことを考えてしまう。12月30日。雪は降ってないが、あの日のあの場所から本当に遠くに来たものだ。この街で故郷のことを思い出しているなんて、とても不思議だ。日本酒が美味しい。ご主人、素晴らしい空間をありがとうございます。
席を立つ。ご主人の「え?」という表情が嬉しい。自分もほんの少しはこの店の雰囲気に馴染むことができ始めていたのかもしれない。戸を開ける。「よいお年を。」とご主人が送ってくれる。外に出る。まだ午後3時すぎ。冬の日差しが眩しいくらいだ。
東京都葛飾区立石4丁目27−9
03-5654-9633
Posted by hisashi721 at 14:40│
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