通常勤務の水曜日(11日)がやってきた。夕方から会議が入り、予定時間の倍かかってやっと終わる。午後6時過ぎ。職場を出て渋谷に向かう。今日の寄り道はもう決めている。渋谷に到着して、半蔵門線のホームへ。このパターンには慣れてきた。ちょうど「押上」行き各駅停車が入ってくる。午後6時48分。電車は満員で動き出す。
途中、「九段下」辺りで座ることができる。右隣のおじさんが日経新聞を忙しなく開いたり、折り曲げたりして落ち着かない。車両の中で新聞を読んでいる人は1人。あとはスマホか居眠り。鞄の中を探ったらリチャード・ブローティガンの詩集が出てきたので、数ページ読む。そうこうしているうちに「清澄白河」到着。
A3出口を出ると、もちろん真っ暗。かなり前に清澄庭園に来たことがあるが、記憶の中の風景とは違う。出口から左にバス通りを歩き始める。おしゃれなカフェで有名な街だが、この時間は落ち着いた住宅街といった印象。少し歩いて、左に曲がる。道の向かいにもんじゃ焼き屋さんがある。雰囲気が良さそう。すぐに赤い提灯が見えてくる。寒い夜に暖かい灯り。一見していい店だとわかる。看板には「初音」とある。
ドアを開ける。L字の角を丸くしたようなカウンター。左手奥にテーブル席。カウンターの中の凛として背筋が伸びたママさんと目が合う。すかさず「1人です。」と申告する。カウンターはアクリル板で5つに区切られている。真ん中の3席には常連さんらしき人たちが座っている。端っこの2つが空いている。入り口すぐか奥というふうにママさんの手が動く。ビニールシートが邪魔をして声が聞こえない。迷って奥の席を選ぶ。
カウンター真ん中の3人は2席分のスペースで座っている。ゆったりとしていて、表現は悪いが踏ん反り返るっていう感じで飲んでいる。決して感じが悪いわけではない。姿勢がそうだというだけ。もともと8席あったカウンター席を1、2、2、2、1と区切ってあるので、常連さんは広いスペースの席に座るということだと納得する。自分は1席分なので、隣のお客さんに比べて窮屈だが、狭いというわけでもない。
自分の正面の美人のお姉さんに、「生ビールの中(660円)ください。」と注文する。「はい。生ビールですね。」とビニールシート越しに声が返って来る。少し待っていると、カウンター越しにおしぼりと生ビールとお通し(350円)が届く。おお、生ビールの量が多い。お通しは「オクラの胡麻和え」。美味しそう。では、生ビールを一口・・・くぅ〜、美味しいなあ・・・会議とかなんとかの疲れが無かったことになる。お通しは・・・一口・・・胡麻の甘さとオクラのねっとり感。これは素晴らしい。これまで食べたお通しの中でも最高レベル。
美人のお姉さんがメニューを持って来てくれる。でも左奥に貼ってあったメニューを見て決めていたので、「大丈夫です。そこのメニューで決めました。まず、とりわさ(360円)、それから、ほうれん草サラダ(470円)。焼き鳥は、全部塩で、レバー(230円)、なん骨(280円)、はつもと(280円)、でお願いします。」と注文する。我ながら、流れるような注文ができたぞ。よしよし。お姉さんがメモを取り終わり、「はい、お待ちください。」ととても感じの良い声で答えてくれる。
自分にとって右隣となる常連さん3人は、焼酎のボトルをそれぞれ前に置いている。鍋の湯豆腐とから常連ぽい。3人は知り合いらしく、大きな声で話している。お金の話で、何千万とか景気のいい言葉が飛び交う。「社長」と呼び合っているので、3人とも社長なんだろうと思う。ただ、居酒屋のお客同士の呼び方として「先輩は・・・」とか「社長は・・・」みたいなのがあるから、絶対とは言えないが・・・。自分より明らかに年上の見知らぬ客から、「先輩、今日はどちらから来られました?」などと話しかけられたり、「社長はビール党ですか?」などと社長でもないのに質問されたりすることがよくある。。
とりわさが届く。薄いピンクの肉に刻み海苔。とても上品な印象。ワサビを少し乗せて、醤油をつけて、一口・・・うわー、うめー。ちょっと粘り気を感じさせる歯応えとさっぱりしているが旨味十分の肉の味。美味しい!止まらなくなる。ビール、ビール。もう、グビグビ・・・。この店、いいなあ。
続いて、ほうれん草サラダが届く。丼といえば大袈裟かもしれないが、それぐらいのボリューム。ほうれん草と揚げ玉が和えてあって、それにマヨネーズが添えてある。シンプルだが、とてもセンスを感じさる料理だ。では、一口・・・ほー、揚げ玉のカリカリ感とほうれん草のシャキシャキ感がとてもマッチしている。それに甘味とほのかな苦味がいい。これも美味しいぞ!・・・じゃあ・・・「すみません。酎ハイ(440円)お願いします。」と注文する。
酎ハイが届く。なんというシンプルさ。では、一口・・・うん、うん、これ、これ。スッキリして飽きない感じ。いいねー。・・・いきなり、右隣のお客さんが、「この店、初めてですか?」と自分に話しかける。「初めてです。いい店ですね。」と答える。「うるさくて、すみませんね。」「いや、大丈夫です。」というやり取り。でも、他の2人の声がデカくて、最後は聞き取りにくく、会話もここまでになってしまう。まあ、いい人たちだとは思う。
焼き鳥が届く。おお、とても美味しそうだ。では、「はつもと」から・・・一口・・・んめ〜、ちょっとコリっと来て、そしてジューシー、口に広がる旨味は至福・・・しかもこんがりとした申し分のない焼き上がり・・・最高!酎ハイ、酎ハイ。たまりません。いやでも耳に入ってくる3人の会話は宝くじの話題になっている。・・・「宝くじは貧乏人の税金って言葉知ってる?とにかく、宝くじは当たらない。損するだけだよ。」「知ってる。それ知ってから、宝くじ買わないようにした。これまでは6000円買ってたけど、3000円にした。」「俺も、年末ジャンボだけにした。」「それがダメなんだって!」・・・ぷっ、チャーミングが方達だなあ。でも、わかるような気がする。
酎ハイをおかわり。焼き鳥の「レバー」のねっとりした深い味わい。「ナンコツ」のコリコリした食感と肉との相性の良さなどを満喫する。とても美味しかったし、面白い常連さんたちの会話も聞けたし、来てよかった。では、この辺で。席を立つ。「ごちそうさまです。」お姉さんが会計をしてくれる。「3510円です。」「じゃあ、ちょうどで。」「ありがとうございます。
コートを着ていると、お姉さんが話しかけてくれる。「うるさかったでしょう。」「いや、楽しかったです。」「このお店は創業90年になるんですよ。」「へー、そんなに。戦前からなんですね。」「入りにくかったんしゃないですか?地元の人も入りにくいって言われる方がいるんですよ。」「入りにくいなんて。逆ですよ。寒い中歩いてくると提灯の灯りが暖かくて、ぜひ入ってみたいと思いましたよ。「ありがとうございます。また、お待ちしています。」「はい、こちらこそ、ありがとうございました。」
ドアを開けて、外に出る。寒いが、風もなく穏やかな夜だ。最後の会話、心が温まったなあ。初めての客で、話しかけづらかっただろうに。ここの常連さんたちが羨ましくなる。いい店というのはこういう所が違うんだよな。駅に向かって歩き始める。お姉さんの声を思い出す。ふと「初音」という店名が頭をよぎる。
東京都江東区白河1丁目3−34
03-3641-5263
Posted by hisashi721 at 19:17│
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