朝から降り続いていた雨が、夕方になって止んだ。水曜日(27日)、午後7時、職場を出る。雨上がりの道をバス停へと急ぐ。長い会議が最後にあり、どうにもすっきりしない疲れが身体に溜まっているようだ。目黒駅に着いて、山手線に乗り換える。電車の中は立錐の余地もない。渋谷駅でもう降りてしまおうかと思うくらい、前後左右の人に圧迫されて苦しい。ぐるじい〜。
なんとか持ちこたえて、新宿駅まで来た。いつもならここで降りるのだが、今日は違う。超満員電車の中で考えたのは、高田馬場のあの店に行くこと。最近はあまり高田馬場では降りないのだが、前回「とり安本店」に行った時、途中であの看板を見た。ああ、まだやっててくれたんだと感動した。そんなことを思い出したら、絶対今日行ってみたいと思雨じゃないか。その店、「ちゃぼ」だ。
高田馬場駅で下車。早稲田口改札を出て、左へ。横断歩道を渡ると「さかえ通り」。通りの左右に飲食店がずらりと並ぶ。その入り口にそれは小さな神社がある。気づいている人は少ないと思う。来歴などは知らないが、なんだか厳かな気分になる。この通りも店が入れ替わり、以前よく通っていた頃の店は少ない。そんな中、ビルの2階で「ちゃぼ」は頑張っている。前回来たのは2005年の12月。17年以上経ってしまったのか・・・。
ニワトリの大きな看板が見える。いや、店名からしてこれは矮鶏(ちゃぼ)だろう。とても印象的だ。階段を2階へ。当然こういう店は常連さんばかりだろうから、2回目の、それも17年ぶりの客をどう受け入れてくれるだろうか。前回は、マスターが本当に自然に笑顔で迎えてくれた。すんなりと店の雰囲気に溶け込めたという記憶がある。
階段を上り切ったところに「ちゃぼ」の電光看板。右に入って、暖簾をくぐる。入り口に傘立てがあったのでそれに、畳んだまま持って帰ってきた傘を差し込む。入り口右にテーブルが一つ。左はカウンターだが、1人ぶんの席があってそれから左に直角に曲がる。曲がったカウンターは7、8席くらい。その後ろに小上がり。テーブルが6つ。小上がりが広い。お客さんは、入り口右のテーブル席にサラリーマン2人。カウンター1人分の席にやはりサラリーマン風の男性。小上がりに5人の男性グループ。こちらはスーツ姿ではない。演劇か音楽関係の人たちだろうか。残りのカウンターには誰もいない。二、三歩入って直角に曲がり、奥から3番目の席の前に立つ。ここまで、厨房のママさんも、マスターも自分には一切気づいてくれない。
なぜ気づいてくれないかというと、5人グループの大量の注文が入っているらしく、大忙しだからだ。お二人とも顔が真剣。うわー、タイミング悪かったかなあ。二人は自分の正面にいて自分との距離は1メートルくらい。「こんばんは。1人ですけど、いいですか。」と声をかける。ママさんが顔を上げる・・・満面の笑顔。「いらっしゃい!」。こちらも釣られて笑顔になる。「そこに座る?」「いいですか。」「もちろん!」気持ちよく座る。「生ビールの中(550円)お願いします。」と注文する。「キリン?アサヒ?」「キリンで。」「はーい。」
ママさんがカウンター越しに生ビールを届けてくれる。「どうも。」と受け取る。では、一口・・・よく冷えている。それが何よりだ・・・ぷは〜、うめー。このタイミングでお通し(300円)が届く。お通しは作り置きではなく、その都度作るようだ。ほうれん草のサラダだ。プチトマトや細かく切ったじゃがいも、小さなエビも入っている。一口・・・酸味が効いたドレッシングが美味しい。ほうれん草のシャキシャキさも最高。お腹が空いているのでワシワシ食べてしまう。
マスターは相変わらず焼き台の前で真剣な顔。焼き台には30本くらいの串が並んでいる。焼けて皿に移したと思ったら、また次の串をずらりと並べる。大変そうだな。後ろの5人グループに焼き鳥の大皿が運ばれる。「バラシそ巻とカシラとももです。」「うわー、美味しそうだなー。1人一本ずつね。」・・・微笑ましい。では自分も何か料理を。テーブルのメニューを眺める。焼き鳥が中心だが、唐揚げやコロッケなどの一品料理もある。焼き台がいっぱいなので、焼き鳥は後にして、何か・・・。ママさんがその様子に気づいて、「壁にもおすすめのメニューがありますよ。」と声をかけてくれる。煮物や刺身などのメニューが並んでいる。「まぐろ中落ち(680円)お願いします。」と注文する。
マスターが焼き台を少し離れて、自分の注文した「まぐろ中落ち」を作ってくれる。流石に疲れが表情に出ている。それにしても、久しぶりだなあ・・・。少しずつ記憶が蘇ってくる。お客さんたちも随分入れ替わったのではないだろうか。小上がりで本を読みながら、ゆったりと飲んでいる人とか、大学の先生とか、そんなお客さんが多かったという印象だ。あの時自分が座った一番奥のカウンター席を眺める。なんだか不思議だ。17年以上前、この席に座って飲みながら何を思っていたのだろうか。あの時の自分と一緒に飲んでいるような気持ちになる。あんまり変わってないなとも思う。
中落ちと小皿が届く。小皿に醤油を入れて、山葵を溶かし、一口・・・おお、これは美味しい。中落ちって、味がピンキリで、いいものを食べると下手なものは食べられなくなる。これはいい中落ちだ。ここで、「すみません。酎ハイ(400円)をお願いします。」と注文する。ママさんが素早く酎ハイを作って届けてくれる。自分に話しかける時はいつも満面の笑顔だ。こういうのって嬉しいよなー。
酎ハイを一口・・・サッパリした酎ハイ。中落ちの濃い味に合うなー。ゆっくり飲まないとぐいぐい行ってしまいそうだ。焼き台の上の串が半分くらいになったので、焼き鳥を注文することにする。ママさんに「焼き鳥いいですか?」と尋ねると、「もちろん。」と笑顔。「レバー(180円)、かわ(180円)それとナンコツ(220円)を全部・・・」「塩ね。」「はい。」・・・まさか覚えているってことはないよな。
ママさんはカウンターの1人客と話を始める。連休の過ごし方という話題。そのお客さんは「連休は仕事で休まないんですよ。」と言う。「えっ休まないの?」「ええ、他のデザイン事務所が休むので、開けていれば仕事は入るというわけで。」「うちと同じね。」・・・一人だけ座れる入り口近くの席は、確かにママさんと話すには絶好の位置。焼酎のボトルを入れて、いつも仕事帰りに寄り、ママさんと世間話をする・・・最高じゃないか!・・・で、突然ママさんがこっちを向いて、「焼き鳥、もうすぐ焼けるからね。」と声をかけてくれる。気配り最高!
「レバー、かわ、ナンコツの塩焼きです。」とママさんが焼き鳥を届けてくれる。では、「かわ」から・・・表面をカリカリに焼いてあって、それでいて中のジューシさもしっかり残っている。素晴らしい。美味しいなあ。酎ハイ、酎ハイ。レバーも一口・・・とろける!新鮮そのもの。美味い!軟骨も肉の部分が大きくていい感じ。「すみません。酎ハイ、おかわり!」
ママさんが笑顔で「おかわり、ね。」と答えてくれる。
スキンヘッドの男性客が入ってきて、自分の後ろにある棚からボトルを取って、カウンター席に座る。ママさんが「雨、もう降ってない?」とその客に問う。「降ってないよ。間違いない。誰よりも雨に敏感な頭だから。」ママさんが笑う。いい感じ。2杯目の酎ハイをゆっくり味わう。来てよかった。この店は誰でも受け入れてくれる優しい店なのだ。
一段落ついたマスターが腰を伸ばしながら一旦店の外に出ていく。酎ハイを飲み終えて、今日はここまでということで。「ごちそうさま。」ママさんに心を込めて告げる。「ありがとうございました。」相変わらずの笑顔で答えてくれる。カウンターの後ろをぐるりと回って入り口に向かう。傘立てから傘を抜き取り外に出る。そこにマスターが戻ってくる。「あっ、お帰り?ありがとうございました。」とマスター。「こちらこそ。実は17、8年ぶりに来たんですよ。」「馬場には今はあまり来ない?」「新宿から帰っているもので。」「また馬場に来たら寄って。」「もちろん。」「気をつけて。」「ありがとうございます。」
階段を降りて、駅に向かう。ずらりとガールズバーの客引きが並んでいる。「どうですか。もう一杯。」と次々に誘われる。それをやり過ごしながら、長い長い時間を飛び越えてきたような気持ちになる。
東京都新宿区高田馬場3丁目2−13
03-3371-8665
Posted by hisashi721 at 12:08│
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