5月2日、火曜日。明日から連休に入るという安堵感が心地よい。午後5時過ぎに職場を出て、バスで目黒駅に向かう。今日は寄り道先をもう決めている。勝どきにある「かねます」。新宿思い出横丁の「藤の家」でのこと。いつも一緒になるお客さんとの会話の中で、「この店さえあればいいという自分にとっての3件の店」という話題になり、その人が挙げた店の一件が「かねます」だったのだ。理由は「季節を感じることができる店だから」。季節ごとの旬の味が楽しめるということだ。「ぜひ、行ってください。」と強く勧められたら、行くしかない。「火曜日に行きますよ。」と答えていた。
というわけで、目黒駅から都営三田線で三田まで、そこで都営浅草線に乗り換えて大門まで、さらに都営大江戸線に乗り換える。都営線を梯子しているという楽しさがある。程なく、「勝どき」駅に到着。階段を上ってA4a出口から外に出ると、すぐに見つかるはず・・・あれ?どこだ?・・・少し歩いてみる。「かねます」という看板が見える。でも店には暖簾が出ていない。休日なら貼り紙なり札なりが出ているはずだが・・・。おや、店の中から笑い声や話し声が聞こえる。
ガラス戸越しに中を見てみると、縄のれんが仕舞われていて、その先にカウンター。お客さんが七割程度入って、普通に飲んでいる。ドアを引いてみるが鍵がかかっている。なるほど、本日はすでに閉店しました、ということか・・・。脱力感でしばらく立ち尽くす。腕時計を確認すると午後6時10分。気を取り直して、地下鉄の駅に戻る。都営大江戸線の「都庁前」行きに乗り込む。さて、どこに行く?
月島、門前仲町、清澄白河と懐かしい駅名が並ぶ。頭に浮かんだのは両国と本郷三丁目にある店。でも・・・両国の店は閉店時間が早いし、本郷三丁目の店は駅から遠い・・・どうする? 電車は「森下」に到着。ドアが開く。ここにしよう。電車を降りる。向かうは「山利喜本館」。人気店だけに満席かもしれないけど、駅から近いし、行くだけ行ってみようという気になっている。
4出口から地上に出て、新大橋通りを少し歩き、清澄通りとの交差点を渡って2件目。店の入り口には4人連れが入店待ちをしている。まあ、そうだよな。店を覗くと1階のフロアに上る階段にも人が並んでいる。う〜ん。まず1階に行き、そこで指示されて、1階や2階、地下のフロアに振り分けられる。すると階段に並んでいたグループが2階に案内され、店の前の人たちが地下に降りて行く。そこで自分は階段を上がり、1階へ。すると男性店員さんが「ご人数は?」と確認してくれる。「1人です。」「じゃあ、ここでしばらくお待ちください。」と迷うことなく椅子をすすめてくれる。
階段上の椅子に座ると1階のフロアが見える。入って右がテーブル席、そして左側にカウンターが8席。カウンターの中が大きな焼き台のある厨房。全ての席が埋まっている。カウンターにはカップルが3組とそれを挟むように1人客がそれぞれ端っこの席にいる。一番手前の1人客は60代と思われる常連さん。ハイボールをゆっくり飲んでいる。一番奥の1人客も60代と思われる男性。隣のカップルと話していて楽しそうだ。それにしても、こんなにお客さんが多いのに、1人客の自分を快く迎えてくれたのには感動した。「今満席なんですよ。すみません。」とか言われても仕方がないと思っていたからだ。
地下と2階から1階に空席確認の声が聞こえてくる。こうやって店全体の状況が把握されているのだろう。それにしても席は空くのだろうか。しばらく待っていると、先ほどの男性店員さんが「もうすぐ、一番奥の8番カウンターが空きますよ。もう少しお待ちくださいね。」と優しく告げてくれる。間もなく奥から男性客が出てきて、一番手前のお客さんに挨拶して、自分の前を通り、階段を降りて帰っていく。店員さんが手早く席を片付けて、「お待たせしました。どうぞあちらの席へ。」と案内してくれる。
すぐに店員さんが、おしぼりと箸、お通し(330円)を持って来てくれる。「サッポロラガービール(715円)をお願いします。」と注文する。「ありがとうございます。サッポロの瓶ですね。」と言って、一旦奥に去り、すぐに戻ってきて、その場で栓を抜き、グラスと共に届けてくれる。素早い。すぐに「煮込み(715円)、お願いします。」と注文する。一番奥の席なので、注文しづらいと判断したのだ。
では、グラスにビールを注いで、一口・・・ん〜、うめー。格別沁みるなー。今日も、先週の金曜日ほどではないが、すんなりとはいかなかったなー。でも、とにかくこの老舗の名店のカウンターに座れて、ビールを飲めたのだから幸せだ。お疲れ様、連休はゆっくり過ごそうな、自分。お通しは「大根なます」。一口・・・程よい甘酸っぱさ。上品。いいねー。
隣のカップルは20代。でも、この店にはよく来ているようで、注文などもスムーズ。卓上のメニューを自分の方に「どうぞ」とずらしてくれる。へぇー、さっきまでここに座っていたお客さんが楽しそうにしていたのも納得だ。次の注文は「やきとん」にするつもり。ただ、目の前の巨大な焼き台にのっている串の数からすると、相当な数の注文が入っているはず。種類によってはすぐに売り切れになってしまう。
煮込みが届く。「熱いので気をつけてください。」と店員さん。最後に陶器の皿で焼かれているので、ぐつぐつと煮えている。とにかく「やきとん(一人前2本330円)」を注文しよう。「すみません。かしら、ればを塩でお願いします。」「2本ずつでよろしいですか?」「はい。」・・・さて、煮込みを食べよう。牛のシロは脂がぷっくりと膨らんで、いかにも美味しそうだ。では、一口・・・シロの脂は甘味があるが、汁そのものは深みがあって濃厚。さすがだ! ギアラといわれる部位も食感が異なり、いいアクセントになっている。ビール、ビール。
店員さんが「すみません。かしらがあと1本しかないということでして。」「1本でいいですよ。」「ありがとうございます。」・・・まだ午後7時20分ぐらいなのに、もうやきとんは残り少なくなっているらしい。厨房から次々と「シロ、終わり」「はらみ、終わりました」「てっぽう。最後です。」という声が聞こえる。うわー、早めに注文しといてよかったー。
「8番さん、上がりました。」という声が厨房から聞こえる。つまり、自分のやきとんが焼き上がったとうことか。程なく、やきとん3本が届く。ほー、こんがりという感じで焼けている。では、ればから・・・一口・・・よく焼き・・・ればの風味に甘味が加わる・・・美味しい!店員さんがそばを通りかかったタイミングで「すみません。ハイボール(ウイスキー550円)お願いします。」と注文する。で、かしらも一口・・・おお!この味は!これまで一番美味しいと思った目黒の店(閉店)で食べたかしらの味だ。美味しい!
ハイボールが届く。一口・・・炭酸が強い!爽やかで甘い。レベルが高い。美味しいなー。一番奥の端っこの席なので自分の右側は窓。新大橋通りや清澄通りが見える。自動車や人が行き来する。次第に街は暮れていく・・・。それを見ているだけでしみじみとした気持ちになる。かつて目黒通り沿いビルの2階にあったバーを思い出す。夜、その店の窓から目黒通りのテールライトの流れを見ながら、酔っ払っていた頃を思い出す。ずっとずっと前のまだ20代の頃。今はあんなにもう酔っ払ったりはしない、いや、できないな。
ハイボールをおかわりして、ゆっくり飲み続ける。後ろのテーブル席は若いカップルと60代の男性。女性の方の父親という感じ。若い男性が「でも、終わりが見えないのが辛いんですよね。」という。父親が言う「終わりなんか見えなくてもいいじゃないか。たとえ君がいなくなっても世の中は続く。だからそんなの見なくていい。そうだろ。」・・・事情はわからないが、なんとなく説得力があるなー。
2杯目のハイボールを飲み終えて、今日はここまで。店員さんに「会計をお願いします。」と告げる。「ありがとうございました。3355円です。」席で会計を済ます。席を立つ。店員さんたちに「ごちそうさま。」と挨拶して階段を降りる。
外に出る。夜の空気に包まれる。ああ、いい季節になったなあ。交差点を渡る。終わりなんて見なくていい、か。自動車のテールライトが流れていく。時間が遥か彼方まで繋がって行くようだった。
東京都江東区森下2−18−8
03-3633-1638
Posted by hisashi721 at 13:25│
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