土曜日(27日)、4年ぶりの職場の歓送迎会があった。なかなかメンバーの日程が合わず、5月の末になってしまった。場所は恵比寿。「田吾作」や「とよかつ」のある通りの向かい側のビルの一角。大勢の客で賑わう大きな和食居酒屋だ。飲み放題付きのコース料理。土曜日は2時間の制限がある。久しぶりの会食に会話も弾む。前菜や刺身や蒸籠蒸しやなんか色々出たのだが、こういう時はいつもの居酒屋の感じは出ない。まあ、会話を楽しめばそれでいいか・・・。2時間はあっという間。
午後8時過ぎ、その店を出てみんなで駅へ。地下鉄とJRに分かれてそこで解散。2次会はなし。新宿駅に着いた時は自分1人になっていた。新宿駅西口を出て、思い出横丁のあたりまで来た時、そうだ、こういうイベントの後の余韻を楽しむ時には、あの店がいい。阿佐ヶ谷に行こう。踵を返して新宿駅に向かい、総武線各駅停車「三鷹行き」に乗る。
阿佐ヶ谷到着。時間は午後8時40分ごろ。北口を出て右へ。スターロードに入る。少し歩けば、バー「アルフォンソ」の看板が見えてくる。しかし、なんだか店の周りが暗い。あれっ?定休日は水曜日のはずだが・・・。ドアの中央にある透明なガラスの部分から中の様子が見える。カウンターにはお客さんはいない。マスターがその奥で何やら作業中のように見える。準備中なのかなあ。
ドアノブに手をかけて引いてみる。開かない。鍵がかかっている・・・。諦めて帰ろうとした時、マスターがさっとドアを開けてくれる。「何か引っかかっていたようです。失礼しましたいらっしゃいませ。どうぞ中に。」と迎えてくれる。マスターがカウンターの向こうに回って、「お久しぶりです。」と改めて話しかけてくれる。「去年の9月に来て以来です。ご無沙汰してしまいました。」などと言いつつ、入り口から2つ目の席に座る。
何を飲もうかなあ・・・。歓送迎会で飲んだのは生ビール3杯に白ワイン1杯。じゃあ、やっぱりウイスキー、それもシングルモルトウイスキーで。棚を見ながら選ぶ。「クライヌリッシュ(900円)をストレートで。」と注文する。マスターが「かしこまりました。」と棚からボトルを取り、シェリーグラスに注ぐ。それを何度か回して香りを立てて、コースターの上に置き、「どうぞ」と自分に前にスッと滑らせてくれる。
では、一口・・・強烈な香り、そして甘み、それが過ぎると優しい残り香になり、ふっと消える。いいなー。やっぱり、クライヌリッシュは美味しい!そこにスッとチェイサーが置かれる。通い慣れたバーなので、緊張感はない。でも、背筋が伸びるようなキリッとした感じになる。それがまたいいのだ。
「今日はお仕事ですか?」「ええ、夕方まで仕事をして、それから歓送迎会でした。」「場所はどちらで?」「恵比寿です。西口の駅前の大きな和食居酒屋さんで。」「恵比寿ならおしゃれなバーをいくつもご存知なのでは?」「えー、でもこの店が一番です。」「恐れ入ります。そうだとよろしいのですが。」みたいな会話から始まる。いい感じ。
この店には20年くらい通っている。マスターはまだ20代後半で、その頃から変わらない独特の雰囲気を持っている。何かお見通しのような、とぼけたような・・・。「お仕事は順調ですか?」「まあ、なんとか続いてるってところですかね。」「何か新しいことにチャレンジなさっているのでは?」ギクっ!「チャレンジとまではいかないかも。でもなぜ、そんなことを?」「いつも新しい何かを探していらっしゃるから。そうでしょう?」・・・くー、そんなふうに言ってもらうと、今日ここに来た甲斐があるぞ。ちょっとだけ自分をカッコよく感じる。嬉しー。
新しくチャレンジしていることを話す。それについて熱心に聞いてくれる。これがバーのいいところ。では、「クライヌリッシュをもう1杯いただきます。」と注文する。グラスを新しくして、注いでくれる。そして、新しいチェイサーも。ストレートのシングルモルトウイスキーと会話を楽しみながら時は流れる。いいねー。
カランとドアが空いて、お客さんが入ってくる。年配の女性と40代くらいの男性の2人連れ。「よかったー、開いてた。」と、女性はマスターに向かって手を振る。「ハイボールを飲むわ。注文しておいてね。」と男性に言って、女性はお手洗いへ。男性は奥の席に座って、「じゃあ、ハイボールを。」「ハイボールですか?珍しいですね。」・・・常連の人たちなんだな。会ったことがあるような、ないような・・・。「ハイボールは何になさいますか?バーボン、スコッチ?日本の物がよろしいですか?」「わからないから、おすすめで。」「かしこまりました。」マスターはメーカーズマークの瓶を用意している。
女性が席についたタイミングでハイボールが出される。女性は「ありがとう。私この店大好きなの。だから、今、他の店で飲んでいたんだけど、こっちに来たのよ。それから何食わぬ顔でまたその店に戻るの。」と、いたづらっぽい表情で、しーという感じで人差し指を唇に当てる。・・・ピンクのスーツ。白い帽子。でも、決して派手に見えない・・・セレブという言葉が久しぶりに頭に浮かぶ。
その女性がこの店は阿佐ヶ谷で一番いい店だという。「ね、お客さんもそう思うでしょ。」「もちろんです。さっきもそういう話をしてたんですよ。ここに来ると落ち着くし、何かの節目だったり、考えがまとまらない時に来ているんですよ。」「わかるわー。この前来た時、お休みだったのよ。本当に悲しくてね。今日は絶対ここに来たいってね。」・・・こんな会話をしていると、マスターが「何も出ませんよ。」くすぐったそうな笑顔でポツリと言う。
もう1杯飲みたいな。今日の締めとしてガツンとしたのを。「すみません。カリラ(900円)をお願いします。ボトルが用意され、グラスに注がれる。勇気を奮い起こす時の酒、カリラ。では、いただきます。一口・・・ガツンとくるピートの香り、磯のような塩味も強くて、それでいて口当たりはまろやか。もう最高!んまい!体の中から元気が溢れてくるようだ。
男性の1人客が外に立っている。ちょっと迷ったようにドアを開けて入ってくる。「灯り、ついてないよ。」「あれっ、そうですか?」カウンターから出てきて確認する。「ホントだ。どうりでお客さんが来なかったはずですよね。」スイッチを入れてカウンターの中に戻ってくる。でも・・・と自分は思う。どうしても来たかった女性のお客さん、そしてここで話を聞いてもらいたかった自分。灯りがついていなくても、ドアが何かに引っかかっていても入ってきた。マスターはそれが分かっていて、わざとそうして待っていてくれたのではないか?そんなわけないけど、そう思わせるところがある。
さて、今日はここまで。「ごちそうさまでした。」「ありがとうございます。またお話聞かせてください。楽しみに待っています。」・・・泣かせる。「お帰り?また、この店で会いましょうね。また、お話したいわ。」「ええ、ぜひ!またここで。」
ドアを開け、外に出る。見上げれば朧月。こういう店があるから、また頑張れる。またこの店で会いましょう、か。この店がある限り、ここに集う者たちは、励まし合いながら生きる仲間なのだと思う。
東京都杉並区阿佐谷北2丁目2−1
03-3330-5602
Posted by hisashi721 at 13:25│
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