土曜日(17日)、午後6時15分。新宿西口京王デパート前から「中野行き」京王バスに乗る。車内は5人ほどの乗客。席に座り、発車を待つ。すると、「後続のバスが道路の混雑により遅れています。間隔調整のため5分ほど発車を遅らせます。」とのこと。解体中の小田急デパートや人通りをぼんやり見ながら過ごす。
バスは西口ロータリーを発車。京王プラザホテル、新宿NSビルと回って、十二社通りへ。新宿中央公園を左に見ながら走り、角筈区民センターの角を曲がって水道通りをしばらく走る。そして、幡ヶ谷六号通りを過ぎて、七号通りへ。まもなく右折、いよいよ中野通りに入る。バスの車窓から街の風景を見るのは楽しい。
新宿から中野に行くのは、もちろん電車を使えばすぐだ。ただ、少し考え事をしたい時、しばしばこのバスに乗って40分くらいかけて中野まで行くことがある。そんな時、南台交差点の角に、「もつ焼き 山本」と書かれたオレンジ色の看板が目に飛び込んでくる。目立つのである。考え事など吹き飛ばされてしまい、「おっ、備長炭使用店とか書いてあるぞ。どんな店なんだろう。いつか行ってみたいなー。」という思いに頭の中が支配されてしまうのだ。遠くに都庁をはじめとする高層ビル群が見え、そしてなんとなく下町っぽいところもあるこの辺り。いい感じなんだよなー。
というわけで、今日、その「山本」という店に向かっている。丸の内線の「中野富士見町」が最寄りの駅だが、いつもバスで通っているので、こっちの方が近いと考えたのだ。バスは「南台3丁目」に停車。意外と多くの人が降りる。そして、次は「南台交差点」。信号でバスが止まる。右斜め前にオレンジ色の看板が見えている。あそこだ!バスは交差点を通り過ぎて、意外と離れた場所まで走る。えー、遠くなるじゃん。「南台交差点」バス停で下車。降りてみると、歩道も広く、並木が続いているので、気持ちがいい。初めて歩く道だが、いい感じ。
交差点まで戻って、横断歩道を渡ると店はすぐ目の前。ん? 店の前でスマホで電話している人がいる。スキンヘッド、派手なシャツ。一見して強面だが・・・でも、せっかくここまで来ているのだからと躊躇などしていられたない。暖簾をかき分けると店内がガラス戸越しに見える。戸を開けようとしたのだが、カウンターが満席に見える。一つだけ空いている席にはグラスと皿が置いてあって、それは電話をしている人の席だと思われる。ああ、やっぱり土曜日の7時ごろって混んでるよなあ。・・・電話を終えたスキンヘッドの人が、自分を見て怪訝な顔になる。そして戸を開けて店に戻ろうとする。諦めきれない自分は、その人に話しかける。「満席で入れないですよね。」
すると、その人は意外に優しい声で、「1人だったら入れるよ。」と言って中に入る。続いて自分も入る。入り口の正面のカウンター席がその人が座っている場所だったのだが、それを左に少しずらしてくれる。ああ、このスペースに座ればいいのか。カウンターの中のお店のお兄さんに「いいですか?」と一応尋ねる。「どうぞ。」との答え。座りながら、ズレてくれたスキンヘッドのお客さんに「すみません。ありがとうございます。」と言う。「いえいえ。そんな。」というやり取り。右隣のおじさんが「すみませんねえ。」と話かけてくる。「何がですか?」「ああ、そうか、俺が言うことないか。ははは。」・・・フレンドリーな店のようだ。
とは言え、店は大忙し。入り口前のカウンターは8席。左3人分はまっすぐなのだが、それから4人分は歪な半円、そして残りの1人分がまたまっすぐ。天然の板を使っている関係上そうなっている。自分は半円の真ん中にいる。だから厨房からは一番遠く、目の前はネタケースなので、注文しづらい席だと思われる。カウンターの左手奥は座敷になっていて、全体は見えないのだが、満席であることは分かる。カウンターの一番右の中が焼き台。そこにマスターと思われる男性。必死に串を焼いている。ものすごい数の注文が入っているようで、横に積み上げたもつ焼きを次々と焼いている。そしてカウンター左の中に若い男性店員さん。こちらもすごく忙しそうだ。
呆然として、注文のタイミングをはかる。左隣のお客さんは金宮焼酎のボトルとジョッキ、皿は谷中生姜の茎が残っているだけ。右隣のおじさんとその連れの若い女性も同じような状態。店の忙しさを考慮して注文を控えているのだと思われる。うーん。でも、飲み物くらいは注文しなければ。若い男性店員さんが顔を上げた瞬間を狙って「すみません。生ビールの中(650円)をお願いします。」と注文する。「お待ちください。」「はーい。」マスターがカウンター越しに、お通しと割り箸を届けてくれる。「すみませんね。」と言いながら、またすぐに焼き台に戻る。
男性店員さんが、冷蔵庫から冷えたジョッキを出して、生ビールを注ぎ始める・・・と思ったら、カウンターの中から出てきて、戸を開けて外に出る。そして生ビールの樽を持って帰ってくる。動作は素早い。そして、またビールを注ぐ。さあ来るぞ。あれっ、座敷の方に行っちゃった・・・ということが3回くらい繰り返された後、「お待たせしました。」とカウンター越しに生ビールが届く。嬉しくて、両手で受け取る。やっと、来たよー。
では、早速一口・・・あらかじめジョッキも冷やしてあるので、いい具合に冷えたビールが喉に流れ込んでくる。待ちかねていたということもあり、ごくごく飲んでしまう。で、ふぃ〜と声が出る。完全に変顔になってるのが分かる。両隣のお客さんが「美味そうに飲むねー。」という感じで、ニコニコと見守ってくれている。変顔は初めての店では効果的に働く。
自分の後ろのドアが開いて、女性が入ってくる。自分とドアの間は狭くなっているので、少し接触してしまう。「ごめんなさい。ぶつかっちゃった。ははは。」という元気な声。両隣のお客さんが「遅いよ。ママ!」と同時にいう。おお、ママさんか。「だって、いろいろあるんだから。仕方がないでしょ。」と言いながらカウンターに入る。「大変だったんだよ。もう修羅場。」「何があったの?」「テイクアウトの注文がいっぱい入って、マスターがパニック。店も満席だから、ワカも大変。」・・・ワカ?二代目、息子さんってことか。
「なんで、店が大変なのに、そんなに注文を受けちゃうのよ。店のお客さんが優先でしょ。」とママさんが、マスターを叱る。「だって、注文が来ちゃったから。」「何言ってんのよ。断れないの?」「うるさいなあ。つべこべと。」「なんですって。も一回言ってみなさいよ。」こんな遣り取りをカウンターの常連さんがゲラゲラ笑って聞いている。「夫婦漫才だね。」「仲が良い証拠だよ。ごちそうさま。」
それはそれとして、注文だ。もつ焼きは絶望的だと見て、他のものを・・・「すみません。ハツ刺し(500円)をお願いします。」と注文する。ママさんが「はい。えーと、ハツ刺し、まだある?」と息子さんに問う。「ちょうど3人分あるよ。」「座敷の注文は2つだから大丈夫。」もつ焼き以外の注文もたくさん入っているんだな。そうしているうちにも、「すみませーん」と座敷から声がかかる。飲み物の注文もひっきりなしのようだ。
「芥子とニンニクでいい?」と尋ねられる。「あー、はい。」と曖昧な感じで答えてしまう。実はハツ刺しを食べるのは初めてなのだ。まさに「初刺し」。「お待ち遠さま。醤油はそこにあるからね。」とママさんがカウンター越しに届けてくれる。ほー、これがハツの刺身か。綺麗なピンク色だ。10切れくらいのっている。それに貝割れ大根。醤油皿は二つに分かれていて、それぞれに芥子とニンニクが添えてある。綺麗なもんだなー。と感心する。右隣のお客さんの連れの女性が「へー。」と感嘆の声を上げてくれる。いい感じ。
では、初のハツ刺しを一口・・・なんの癖もない。ほのかな甘みとしっかりとした食感のみが、口の中に残る。へー、意外とさっぱりしてるんだな。これは、やめられないくらい美味しい。ビール、ビール。お通しのお新香しか食べてなかったので、少々お腹が空いているというのもあって、次々と食べてしまう。飲み物も注文しよう。ママさんが来てから、店が機能し始めたようで、なんとなくゆとりが出たようだ。「酎ハイ(450円)、お願いします。」と注文する。
両隣のお客さんも注文。「もつ焼きをね、そうだな、しろ、レバ、ナンコツ、かしら、豚バラ・・・」一気に15本ぐらい注文している。座敷からも大量の注文が入ったらしく、マスター、また大忙し。便乗して、もつ焼きを注文しようかとも思ったが、こうなると時間もかかりそうなので断念。壁の短冊メニューを見て、「すみません。ガツポン酢(480円)、お願いします。」と注文する。
店内は、カウンターのお客さんが入れ替わったりはしたが、相変わらず満席状態が続く。入れなくて、帰っていくお客さんもいる。「昨日は11時まで、ずっと満席。もう大変だった。」とママさん。「コロナでテイクアウトのお客さんも増えたから、忙しいよね。」とカウンターのお客さん。そんな会話を聞きながら、カウンターでゆっくり過ごす。これもまた楽しい。
ガツポン酢が届く。火を通したガツに玉ねぎが和えてある。一口・・・んめー。なんというか、これもまた癖みたいなものは感じないのだが、コリコリとした食感が心地いいのと、玉ねぎの甘さがガツのさっぱり感と絶妙に合って本当に美味しい。酎ハイ、酎ハイ。美味しいなあ。酎ハイをおかわり。酎ハイによく合うつまみでもあるんだなー。
少しのんびり飲んだ後、今日はここまで。「ごちそうさま。会計をお願いします。」とママさんに告げる。「ありがとうございます。3番さん、お会計です。」・・・左隣のお客さんに「ありがとうございました。おかげで店に入ることができて、よかったです。」と挨拶する。すると右隣のお客さんが「今日は、焼き物に行かなかったですね。」と一言。「焼き物はちょっと無理かなと思って・・・」と答えると、なぜか大笑いしながら、肩を揉んでくれる。連れの女性が「でも、ハツ刺しとガツポン酢の注文は、絶妙にいいセンスだと思ったわ。」と褒めてくれる。皆さん初めての客を気にしてくれていたんだなと思うと嬉しくなる。「また、お会いしましょう。」と言いながら席を立つ。
外に出る。昼間は30℃を超えた1日も、暮れれば過ごしやすい夜。バス停に向かいながら、常連のお客さんたちとの会話を思い出して楽しくなる。酒場の余韻が心地よい。
東京都中野区弥生町4丁目25−1
03-3381-8557
Posted by hisashi721 at 15:32│
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