猛烈に暑い土曜日の午後3時、新宿駅に着いた。今日も朝7時に出勤。色々と気を遣うことの多い仕事が続き、気持ちはなんとなくどんよりしている。午後2時20分ごろ職場を出ると、雲一つない晴天。強烈な日差し。眩しさに一瞬くらっとしてしまうほど。暑っ!と思わず叫んでしまう。冷房が効いたバスに乗り込めば自然と眠気が襲ってくる。山手線に乗り換えて、新宿まで。乗客のみなさんも暑さとの闘いにちょっと疲れ気味なのか居眠りしている人が多い。
で、新宿駅。西口改札を出て、小田急ハルクの横から地上に出る。西武新宿駅までの徒歩5分が辛く感じるほど暑い。仕方がない、思い出横丁に寄って冷たいビールでも飲もう、などと考えてしまう。中通りに入る。相変わらず外国人観光客がキョロキョロしながら歩いている。この人たちは暑さを感じないのだろうか?不思議である。スタンド蕎麦の「かめや」のカウンターも外国人が並んで座っている。背中に陽を浴びながら、熱い汁を啜っている。そして笑顔。外国での体験とはかくも楽しいものなのだろうか。
「藤の家」の店先に紺の暖簾が下がっている。やってるじゃん!喜び勇んで、中を確認することなく戸を開けてしまう。ふへ!満席。人が多すぎて一番奥の人はカウンターからはみ出している。奥に常連さんが4人。手前に5人のグループ客。店の定員は8人。戸を閉めて、立ち尽くすしかない。一番手前の人には見覚えがある。「久しぶりですねえ。」と声をかけられる。「ああ、確か4年ぶりくらいですね。」と返す。「いやね。会社の元同僚と新宿で飲み会をしてね。その後、みなさんをこの店に案内したんだけど、普通5人はダメでしょ。他のお客さんが入れなくなるから。でも、ママさん無理を言って入れてもらって・・・よかったよ。」・・・そう、その「他のお客さん」が自分なんですよ!
ママさんは、困ったようにこのやりとりを聞いていたが、予備の丸椅子を出して来て、「みなさん、少しずつ奥にずれてください。一人分のスペースを開けて。」という。それで、みなさんほんの少しずれて、自分が立っている場所(50cmくらい)に椅子が置かれる。ここで「こんな狭いところじゃ、ゆっくり飲めませんよ。帰ります。」とは言えないでしょう。それで座る。低っ。自分だけ頭一つ沈んだ感じになる。まっ、まあ、いいでしょ。
大瓶のサッポロラガービールとお通し(胡瓜の漬物とかぼちゃのサラダ)が届く。まず、ビールを一口・・・よく冷えていて、最高に美味しい・・・のだが、ビールを注ぐにも、箸を使うのも窮屈すぎて辛い。それに入口のガラス戸から外の熱気が伝わってくる上に、クーラの風が自分には届かないようで暑い。どうしよう・・・。とにかくビールをグイグイ飲み、お通しを食べて状況が変化するのを待つ。奥の常連さんたちは機嫌よく大声で話している。手前のグループはそろそろ飲み物もつまみも終わりみたいだから・・・期待してしまう。「次何を食べようか。ママさんに言えば唐揚げでも、ハンバーグでも、お刺身でも言えば作ってくれるよ。」「そうねえ、迷うね。」・・・ダメだこりゃ。席を立つ。みなさんギョッとした感じで自分を見る。ここでの一言は・・・。
「すみません。ちょっと用を思い出したので、一旦出ますね。また戻って来ますので、ここまでの会計お願いします。」・・・気を遣ってるなあ、自分。また、戻ってくるというのがミソ。できるだけ笑顔でね。会計を済ませて外に出る。暑い。でも、手足の自由が戻って来たのが嬉しい。
京王モールという地下街まで行くと涼しい。そこでちょっとした買い物をする。前から買いたいものだったので、「用がある」というのはあながち嘘でもない。でも、店に戻るのが面倒くさくなる。同じ状態だったら意味ないしなー。まあ、でも、自分で言ってしまったことだからと、午後4時になったのを確認して、店に戻る。店は常連さんが2人残っているだけ。ほっとして、今度はゆったり座る。「ハイボールお願いします。」
そこから1時間半くらい会話とハイボールを楽しむ。2人とも帰らないので、「お先に失礼します。」と言って席を立つ。すると常連さんの1人が「それにしても、店を出て行った時はびっくりしたよ。席を蹴って立ったって感じで。」・・・そういう印象だったのか・・・。
西武新宿線で「鷺ノ宮」へ。なんかまだスッキリしないなあ。そう思いつつ、中杉通りを歩く。別に感情的になったわけではないが、気持ちの行き違いというのはあまり気持ちのいいものではないなあ。・・・ん。暖簾を出している店がある。午後6時開店の店なのかな。そういえばあそこに立ち飲みの居酒屋ができていたよな。どんな店なんだろう。白い暖簾を出し終わって、マスターらしき若い男性が店の中に入っていく。どうする?
午後6時の開店と同時に酔っ払って入ってくる客は迷惑だろう。自分の酔い具合をチェックする。うん、そんなに酔っている感じはないな。大丈夫だろうと判断する。戸を開ける。もちろん、先客はなし。L字型カウンターとテーブルが2つ。店はゆたっりとして清潔な感じ。「こんにちは。」と声をかける。「いらっしゃいませ。どうぞ。」と先ほどの若い男性が顔を上げて迎えてくれる。他の店員さんはいない。
カウンターの端の方に立って、「酎ハイ(330円)をお願いします。」と注文する。とても丁寧な手つきで酎ハイを作ってくれる。「どうぞ。」「どうも。」・・・では、一口・・・スッキリして美味しい。こののんびりした感じを今日は求めていたんだな、と改めて思う。こういうのが幸せと言うんだなー。ホワイトボードに本日のおすすめとして「カキフライ」とある。へー、いいじゃん。「すみません。カキフライ(400円)と大根づけ(280円)をお願いします。」と注文する。
まず大根漬けが届く。薄めにスライスされた大根に鷹の爪が添えられている。一口・・・美味しい。シャキシャキしている。ちょっと甘さも感じて、疲れが癒やされる。酎ハイ、酎ハイ。カウンターの中の厨房はとても広い。その奥の方にガス台があって、そちらにマスターが移動してカキフライを揚げてくれている。壁のテレビはNHKニュース。見るともなく見ながら、酎ハイを飲む。そして大根漬けをポリポリ・・・この1日の全てが報われたような気がする。
カキフライが届く。タルタルソースが添えてある。では、タルタルソースをたっぷりつけて一口・・・サクッとした衣の中からジューシな牡蠣エキスが出てくる。熱っち!でも、ものすごく美味しい。「やっぱり、揚げたては格別ですねー。」と思わずマスターに話しかける。「そうですね。揚げたてはやっぱり違いますよね。」とマスターが笑顔で答えてくれる。「大きいのが2個というのも嬉しい。」と言うと、マスターは「そうか。」と呟くと、カウンターから出て、ホワイトボードの「カキフライ」に「2個」と付け加える。「この方がわかりやすいですよね。ありがとうございます。」と笑顔、笑顔。いい感じの人だなー。
「この店に気づいたのはいつ頃だったかな。寒い頃に開店しましたか?」「ええ、昨年の年末でしたから、開店7ヶ月になりますね。」「そんなになりますか!」こんなやり取りから会話が始まる。この店のオーナーは新高円寺でライブハウスを経営している方で、その店のお客さんだったマスターに「やってみないか」と声をかけてくれたそうだ。「ブーガル」と言う店名も音楽関係のオーナーがつけたものらしい。
「鷺ノ宮は商売が難しいとよく聞きますが。」「はい、お客さんたちもよくその話をしてくれます。心配してくださるのは嬉しいですね。」なるほど。お客さんに愛されている店なんだなと思う。この店には頑張って欲しいと思わせる雰囲気がある。「聞いた話によると、昔この辺りには釣り堀があったらしいですよ。」「それは知りませんでした。」「想像できないですよね。かつては銭湯もあって、そのせいか、飲食店がたくさんあったようです。この辺りが街の中心だったんでしょうね。」鷺ノ宮の話で盛り上がる。「白ホッピー(セット450円)をお願いします。」と注文する。
ホッピーが届く。氷と焼酎が入ったグラスとホッピーの瓶が届く。では、ホッピーをグラスに注いで、一口・・・んまい。気分がいいせいか、いつもよりも美味しく感じる。話は鷺ノ宮の居酒屋の話に移る。マスターは「終わる時間が遅いので、なかなか行けないんですよ。」と言う。それでも満月やペルルの話は聞いているようで、一度行ってみたいと言う。それにしても、柔らかな口調で話す人だなあと思う。楽しい。「中(焼酎250円)をお願いします。」と注文してしまう。
野方や高円寺の話などもして、気がつくともう小一時間経っている。じゃあ、この辺で。「ごちそうさま。」「ありがとうございました。いろいろ教えていただいて、楽しかったです。」「いえいえ、そんな。こちらこそ最高に楽しかったです。」
外に出る。身近にこんないい店ができていたとは。それにしても、気分がいい。「それにしても心というやつはなんと不可思議なやつだろう。」という梶井基次郎「檸檬」の一行が頭をよぎる。新青梅街道に入ると、夕焼け空が広がっている。夏の一日が暮れて行く。7月もあとわずかだなと改めて思う。
東京都中野区鷺宮3丁目19−12 桂ビル 1F
070-4073-8918
Posted by hisashi721 at 15:33│
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