5月の終わり頃のことだ。自分はその日休みだったのだが、少しだけやり残した仕事があったので、通常より1時間ほど早く出勤した。始業前までに終わらせる必要があり、集中力が高まったためか、意外と早く終わる。ちょうどいつもの出勤時間に退勤するということになった。午前7時20分、まだ早朝の雰囲気の街を歩きながら、不思議な気分を味わう。まだ、そんなに暑くはなく、むしろ爽やかな天気だったと思う。朝食を食べていなかったので、空腹を覚える。そこで思い出したのが、環七にある蕎麦屋。ファンも多いようで、ネットでも何度も目にした店だ。
かなり歩いて、その店「よりみち」に到着。名前にも親しみが持てる。その店はいわゆる立ち食いそばに属する。L字の立ち食いカウンター、そして6人ぐらい座れる大きなテーブル。屋外に背もたれのないベンチ。お客さんはおのおの好きな席で食べている。古びているが、なんとも風情のある店だ。自分は「アジ天そば(450円)」と生玉子(50円)を注文し、大きなテーブル席で何人かの先客と共に食べた。いつもと違う体験だからか、とても美味しく感じた。
さすが環七沿いの店である。オートバイに乗ったライダーが、次々にやってくる。そしてさっと食べて、またオートバイに跨って去っていく。その姿がとても颯爽としていていい。「このまま どこか遠く 連れてってくれないか」と「日曜日よりの使者」の歌詞が浮かんでくる。世の中には自分の知らない世界がたくさんあるんだな、などと大袈裟なことを考えしまう。
・・・というような経験を思い出しながら、環七を走る大森駅行きのバスに乗っている。今日(9月30日)は土曜日。仕事を早く終わらせて、「宮ヶ丘」バス停の近くの店「もつやき都」へ向かっている。9月も今日で終わり、暑さはさすがに和らいできたが、まだ半袖シャツで十分。28℃くらいはある。
宮ヶ丘バス停に到着。目黒区には「自由が丘」「緑が丘」という東急線の駅がある。でも旧名は「が」の部分が「ケ」だったという。そしてこの「宮ヶ丘」。宮というのは、近くにある「碑文谷八幡宮」を指すそうで、宮のある丘という意味なのだろう。しかし、こちらは東急線の駅からは遠く。「都立大学」から歩くとなると30分ぐらいかかると思われる。最寄りは「大岡山」であるようだが、この駅からもかなり歩く。
バスを降りて、少し戻り横断歩道を渡る。渡ったところが「よりみち」。でも、工事中のようだ。自分が行ってから数ヶ月して、改装工事に入ったとのこと。あの風情ある店はもうないのか・・・。一度でも行けて良かった、などと考えながら住宅街の道を歩く。目黒区っぽい風景。先日行った江東区の風景とは明らかに違う。3分ぐらいだろうか、住宅街にポツンという感じの赤提灯が見えてくる。白い暖簾に「もつやき」の黒い文字が爽やかだ。そして「都」の文字。開店は午後4時。時計を見ると現在4時15分。
戸を開ける。すっきりした店内。入り口左に4人用テーブル。左の壁に沿って2人用のテーブルが2つ。厨房を囲むようにL字型カウンター。7席くらいであろうか。テーブルにそれぞれ4人と2人。カウンターはLの縦棒の奥に2人、手前に1人。横棒の左端に1人。カウンターの中にはお揃いの黒シャツ姿の店員さんが3人。一番手前のお兄さんがこちらを見る。「1人です。」と告げる。「どうぞ。」という答え。席は自由に選んでいいらしい。Lの横棒と縦棒にそれぞれ2つ席が空いている。答えてくれたお兄さんの正面、縦棒の奥から4番目に座る。
するとホール係と思われる若いお兄さんがやってくる。「生の中ジョッキ(サッポロ黒ラベル550円)をお願いします。」と注文する。壁に「生ビール始めました。中ジョッキ」という貼り紙があったので咄嗟に注文したのだが、お兄さんは怪訝な顔をする。「えーと。」ん?「中ジョッキ。生ビールの。」「ああ、生ですね。」そうか、中ジョッキだけしか聞こえなかったのか。この店では中ジョッキしかないので「生ね。」と皆さん注文するのだろう。
その様子を見ていた正面のお兄さんが「料理の注文は、そこの紙に書いてください。わからないことがあったらなんでも聞いてください。」と親切に声をかけてくれる。初めての客に優しい店だなあ。いい感じ。でカウンターの上に置いてある紙に、「かしらタレ3本、レバータレ2本、ねぎシロタレ1本(それぞれ1本140円)、煮込み(410円)」と書いて、正面のお兄さんに「注文お願いします。」と言って渡す。「ありがとうございます。注文いただきましたー。」と受け取ってくれる。これでもうこの店に馴染んでしまう。
生ビールが届く。9月も終わり。暑い中歩いてきてビールを飲むというのも今年は多分終わり。じっくり味わう季節になる。一口・・・やっぱり、生ビールはいいよなー、つい顔がクシャッとなってしまう。うめー。「煮込みです。」とお兄さんがカウンター越しに届けてくれる。「どうも。」ほー、味噌仕立て。もつと根菜類とこんにゃく、豆腐の煮込み。下町の煮込みもいいが、こういうタイプのもいいよなー。一口・・・おお、もつが美味い!もちろん臭みなどなく、すっきりした感じ。噛むともつの旨みが出てくる・・・味噌が全然くどくなくて、素材の旨みが生きている。素晴らしい!ビール、ビール。
体格のいいおじさんが入ってきて、自分の左隣に座る。「生。」・・・なるほど。「カブ菜漬けある?」「ありますよ。」・・・厨房の奥、マスターがひたすらもつ焼きを焼いている辺りにホワイトボードがあって、そこにおすすめ料理が書いてある。これまで見てきたどの店のものより字が小さい。それほどぎっしりと書いてあるわけだが。おじさんはそれを見ながら、紙に注文を書き込んでいる。
右隣のお客さんが「瓶ビールください。」と注文する。女性の声だったので少々驚く。ぬか漬けでホッピーを飲んでいる雰囲気からして、男性とばかり思っていたのだ。渋いなあ。左隣のおじさんに「カブ菜づけ」と「たこ刺し」が届く。どちらも美味しそうだ。この店には刺身のメニューも何品かあって、注文している人も多い。男女のカップルが入ってきてテーブルに座る。常連と思われる年配の客が入ってきてカウンターに座る。これでほぼ満席。
「すごいねえ。まだ、4時台だよ。人気あるよね。この店。だから早く来たんですよ。」と右隣のおじさんが話しかけてくる。「本当に、人気ありますね。テーブルは予約しないと入れなでしょうね。」「いやー、すごいよ。」コロナ以後、見知らぬ隣の客から話しかけられることはほとんどなくなった。かつてはどこに行っても、誰かしらが話しかけてくれて、その店に溶け込めたものだが。アクリル板が設置されていたこともあるが、やっぱり、気楽に話しかけることが憚られる日々が長く続いたからだろうか。
そのおじさんが「都チューハイ(460円)」を注文する。ライム味ということだけ表示されているが・・・「すみません。自分にも都チューハイをお願いします。」正面のお兄さんが「はい。5番さんから都チューハイの注文をいただきました。」とホール係のお兄さんに告げる。注文の通りがすごくいい。こういうのはとても大切だ。
都チューハイが届く。氷と甲類焼酎が入ったジョッキ。都のロゴマーク入り。博水社の炭酸水。ハイサワーブランド。さすが目黒区。そして小皿にミントとライム。ほー。早速炭酸を注ぎ入れ、ライムを搾り入れ、ミントを浮かべて、一口・・・モヒート?しかも、とびっきりドライの。うんめー。これは何杯でも行けてしまう。危険な香りが漂うなあ。いやー、でも美味い。これでコッテリとしたタレのもつ焼きが楽しみになってきたぞ。
と思ったところに、もつ焼きが届く。うわー、たっぷりだなー。タレのもつ焼きをこんなに注文するのは久しぶりだ。では、カシラから一口・・・なんだって!・・・レア。表面はパリッとした食感なのだが、中は絶妙な火の通し方で、生の感じが残る。それにタレ!独特な甘味とコク。美味すぎる。チューハイ、チューハイ・・・合う!これはすごいぞ。噂では聞いていたが、予想以上。感動すら覚える。
で、レバーも同様のレア感が素晴らしい。さらに感動したのはねぎシロ。タレとの相性はこれが一番かも。夢中で食べてしまう。左隣のおじさんが「ハラミが美味しいんだよね。でも、早い時間になくなっちゃう。」「そうなんですね。」・・・カウンター1番の常連さんが「ハラミ、ある?」と問う。「あと1本だけですね。」と焼き台からマスターが答える。「じゃあ、1本ちょうだい。」・・・え?「ほら、なくなっちゃったでしょ。惜しかったね。」と左隣のおじさん。そんなに美味しいのか。かしらもこんなに美味しいのに・・・。
「なか」を注文して、もう一杯「都チューハイ」を作る。ライムもミントも2杯分付いてくるのでちょうどいいのだ。「それにしても、早い時間に飲むと効きますね。」と左隣のおじさん。「効くからいいんじゃないですか?」「いやね。こんなに早い時間から酔っちゃっていいのかなって。申し訳ないなー。」「いいでしょ。酔っ払いにならなければ。適度であれば、許してもらえますよ。」「そうかなー。申し訳ないなあ。」・・・誰に?
まあとにかく、カシラが美味しかったので、ホワイトボードに書いてある「カシラねぎおろしポン酢(460円)」を注文する。それから「都チューハイのおかわりセット(360円)」も。これでまた「なか」も注文することになるだろうから、4杯飲むことになるなあ。自分も酔っ払わないようにしなくちゃ。左隣のおじさんはますますペースが上がっている。分かるなー。
「カシラねぎおろしポン酢」が届く。一口・・・ああ、串焼きのカシラと同様な食感・・・それにシャキシャキしたねぎと大根おろしのさっぱり感がミックスされて、えも言われぬ味わいに・・・うんめー。箸が止まりません。チューハイ、チューハイ・・・これまたたまらん!誰が止めてー。
4杯目のチューハイを飲み干して、今日はここまで。席を立つ。正面のお兄さんが、会計をしてくれる。「ありがとうございました。また、お待ちしております。」最後まで、親切な感じでいいなあ。「ごちそうさま。美味しかったです。」・・・左隣のおじさんにも「また、お会いしましょう」と挨拶する。「ああ、そうですね。自分も帰らないと。申し訳ないですからねー。」「まあ、ごゆっくり。」
外に出る。午後5時20分過ぎ。早くも外は暗くなり始めている。やっぱり、秋なんだなあ。バス停に向かって歩き始める。「宮ヶ丘」に停まるバスの本数が少ないので、バス停をもう一つ分歩いて「大岡山小学校前」というバス停から目黒駅行きのバスに乗るつもり。いつもより酔ってるかなあ。環七の夕暮れ。ゆっくり歩きながら、「このまま どこか遠く 連れてってくれないか・・・」と口づさんでみる。
東京都目黒区南3丁目9−13
03-3725-3850
Posted by hisashi721 at 15:53│
Comments(0)