10月に入って、最初の勤務日(2日、月曜日)。ちょっと納得できないことがあり、ざわざわする気持ちを抱えたまま、午後5時45分分ごろ職場を出る。目黒駅行きのバスを待ちながら、気持ちを切り替えようと努力する。こういう日は早く帰って、何か美味しいものを食べて、寝てしまおう。
目黒駅から山手線、そして高田馬場で西武新宿線に乗り換え。ホームには人が溢れている。どこが列の最後尾かも分からない。電車に乗ったとしても、苦しいだろうなーと想像してしまう。そこに、各駅停車「新所沢」行き電車が入ってくる。比較的各駅停車の行列は余裕がありそうなので、人をかき分けて進む。各駅停車待ちの行列の最後尾につき、やっと車両に乗り込む。ぎゅうぎゅう詰めというわけではない。ちょっとホッとする。
電車は例によって、「中井」駅で急行と特急の待ち合わせで何分か停まる。今日は帰るだけなので、さほど気にならず、発車を待つ。電車が動き出す。車窓にはすっかり暮れてしまった街が流れていく。新井薬師駅で少し乗客が降りて、自分の周りのスペースが広くなる。電車はゆったりしたペースで次の駅「沼袋」に到着。ドアが開く・・・ん?ドアがなかなか閉まらない。ここでも急行の通過待ち?
車内放送が始まる・・・「小平、東村山間の踏切で事故があったとの情報が入りました。状況が分かり次第、お知らせいたします。この電車は沼袋駅にて運転を取り止めます。」・・・うぐっ。この駅からは中野駅行きのバスが出ているはずだが、かなりの遠回りになる。かといって、歩くと家まで1時間近くかかる?どうしよう。せっかく早く帰れると思ったのにぃ・・・。
なかなか運転再開の情報が入らない。諦めて電車を降りる人もいるが、ほとんどの人はスマホの画面を見ながら、沈黙している。やっと車内放送が入る。「・・・運転再開は午後7時45分を見込んでおります。」・・・時計を見ると午後6時40分。1時間かぁ。立ったまま過ごすのも辛い。歩いてみようかな。それにしても月曜日からこれかー。まあ、仕方がないのだが・・・。南口から出る。踏切を渡って、新青梅街道まで歩いて、それから・・・道順を頭の中で整理する。
「四文屋」があるぞ。踏切の前。電車からぼんやり眺めることはあるが、こうして近くで見ると、なかなか広そうな店だ。1時間歩くより、1時間飲む方がいいかなあ。改札から徒歩30秒。「四文屋沼袋店」。決めた!ここで飲んで行こう。「四文屋」は遥か昔、新井薬師前の本店に行ったことがあるだけ。地元の鷺ノ宮にも、よく通る新宿思い出横丁にも、阿佐ヶ谷にも支店があるが、入ったことはない。
戸を開ける。ホール係のお姉さんが「いらっしゃいませ。」と元気よく迎えてくれる。右側に厨房。それを囲んでカウンターが10席くらい。左側はテーブル席が20席くらい。厨房の手前、焼き台を担当している男性店員さんが「お一人様ですか?カウンターにどうぞ。」とこれまた元気よく迎えてくれる。カウンターはL字型になっている。Lの縦棒の下3つが空席。その真ん中に座る。すぐにお姉さんが荷物を入れるかごを持ってきてくれる。そのタイミングで、「生ビール(550円)をお願いします。」と注文する。
生ビールが届く。では、一口・・・ざわざわしていた気持ちが、すぅーと収まっていく・・・ということはないが、美味しいには違いない。沁みるよなー、流石に今日は。さて、もつ焼きでも食べようかな。「すみません。レバー、カシラ、ナンコツ、ハラミ(1本120円)を塩で。あと、焼き鳥の手羽ねぎ(120円)も塩でお願いします。」と注文する。それをお姉さんがメモして、焼き台のお兄さんに渡しながら「5本でーす。」と伝える。ふむふむ。
Lの横棒の左端に若い男性客がいて、珍しそうに店内を見回しながらビールを飲んでいる。そのお客さんがお姉さんに「金宮の梅割り(390円)」を注文する。ほー、梅割りがあるのか。改めてメニューを眺める。サワー類が390円から550円まで。種類が多い。梅酒、マッコリ、ハイボール。オリジナルハイボールっていうのもある。390円の飲み物が中心。本格焼酎は550円。富乃宝山かー、最近飲んでないなー。日本酒は390円。あとはワインなど。メニューをずっと眺めながら飲んでいる人をよく見るが、こういうのも何故か楽しいものなんだな。
若いお客さんに梅割りが届く。皿の上にグラス。グラスに金宮焼酎をグラスのギリギリまで注ぐ。そこに梅シロップ。グラスから焼酎が溢れて、下の皿に流れ落ちる。皿から溢れる直前で注ぐのをやめる。絶妙の技。すごいなあ。お姉さん、やるなー。「飲み過ぎないでくださいね。3杯までですからね。」と優しく話しかけている。「大丈夫です。地元にもこういうのはありましたから、知ってます。」地元?ここまで飲みにきたのかな。
「こちらから失礼します。」と焼き台から声が掛かり、銀色の丸い皿が届く。「まず、レバーです。」・・・へー、大きいなあ。では、一口・・・レア気味・・・塩味やや濃いめ・・・仲のトロッとした部分を、表面をカリッと焼くことによって閉じ込めている。こりゃ、んめーじゃん。期待していたレベルを遥かに超えている。ビール、ビール。「続いて、カシラです。」・・・一口・・・うんめー、塩加減がすごくいい。カシラのジュシーさが生かされた焼き方だな。いいじゃん、いいじゃん。ビール、ビール。
こうなったら、自分も「梅割り」にしよう。「すみません。梅割りをお願いします。」「はーい。」お姉さんが、目の前で梅割りを作ってくれる。「どうぞ。」・・・飲み過ぎないでくださいね、っていう言葉を待っていたが、そのまま去ってしまう。まあ、初めて梅割りを飲むんです、っていう客には見えないよな・・・。気を取り直して、一口・・・口当たりよし!冷え具合もよし!甘みが心地よく、すーと喉に吸い込まれていく。一瞬、いくらでも飲めそうな気になる。それが危険なのだ。3杯飲むと足元が少し怪しくなるし、4杯飲むと呂律が回らなくなる。危険、危険。ゆっくりだよ。
自分の右隣に50代くらいと思われる男性客が座る。勤め帰りという雰囲気。「いつものセットでいいですか?」とお姉さん。「ん、いいよ。」・・・すげー常連じゃん!セットって何がくるんだろう?「お待ち遠さま。」お姉さんが持ってきたのは、サッポロの瓶ビールと「うずらの玉子の醤油漬け」。うずらの玉子の醤油漬けってメニューにないけど・・・ああ、ホワイトボードに書いてあるのか。美味しそうだ。
「明日、〇〇さんがくるんだって。」「そうなんですよ。だから明日おいでになると思ってました。」「まあ、明日も来るけど・・・。」みたいなお店の人と右隣の常連さんの会話。さっきの若いお客さんが興味深そうに聞いている。2人はLの横棒の左端と縦棒の一番下に座っているので、隣同士というか、直角に向かい合っているというか、とにかく一番話し易い位置にいる。「〇〇さんって、店員さんのことですか?」「そう、違う店に今はいるんだけど、久しぶりにこの店に明日来るっていうんでね。」「詳しいんですね。」「まあ、長く通っているからね。」
ハラミも手羽ねぎも美味いのなんのって。抑えていても梅割りが進むというもの。じゃあ、自分も。「うずらの醤油づけ(300円)、お願いします。」と注文する。楽しみ、楽しみ。「どうぞ。うずらでーす。」とお姉さん。では、一口・・・というか一個・・・ニンニクの風味がほんのりと感じられて、それが醤油の味を引き立てて・・・これ・・・美味〜〜い!早速右隣の常連さんに「美味しそうだったんで、真似してしまいました。美味しいですねー。」「そうでしょう。新井薬師の本店のも少し味が違っているんですが、あっちも美味しいですよ。」「そうなんですね。色々回っていらっしゃるんですか?」「四文屋のファンなんで。」・・・なるほど。
若いお客さんが、「九州から最近出てきて、この街の雰囲気が良さそうだったので住むことにしました。この店もいいですね。色々回りたいです。教えてください。」と、先輩にあたる自分たちに問う。こうなると自分も教えたくなる。「どんな店がいい?」「海鮮の美味しいお店を知ってますか?」「近くだと、中野の第二力酒蔵がいいですよ。」「ありがとうございます。行ってみます。」「少々、高めだけど。」「海鮮には目がないので、奮発します。」・・・楽しい!「すみません。梅割り、おかわり。」・・・電車のこと、忘れてる・・・。
右隣の常連さんが「ナンコツ煮込み(170円)」を注文する。これもホワイトボードにあるメニューで、いつもあるわけではないとのこと。出てきたものを見ると・・・何これ!初めて見た。串に刺さったナンコツを煮込みの鍋で煮て、ねぎをかけたもの。絶対に美味いやつっていうたたずまい。「自分も、ナンコツ煮込みお願いします。」・・・いやー、楽しみだなー。「お待たせしました。」・・・来た、来た・・・一口・・・柔らかーい。それでいてコリコリも部分的に残っている。うめーなー、うめーなー。梅割り、梅割り・・・たまらん!
3人の話は店の情報とか、仕事の話とか・・・。自分の声も大きくなっているような気がする。気がつくと、目の前には黒ビール(390円)が。そう、梅割りの3杯目は流石に避けたのだった。つくねとシロも追加している。だめ、だめ。今日はそういうつもりじゃなかったよなー。月曜日から酔っ払ってどうする・・・などとは全く思わず、ただ、ただ、いやー、いいねー、楽しいねーという感じで時間が過ぎていく。
この店は線路沿いなので、電車が通り過ぎるのがよく見える。ん?・・・電車、ああ、そうだった。運転再開を待つつもりで・・・ここで我にかえる。ちょうど、黒ビールも飲み終えたところ。危ない危ない、ハイボールに行くところだった。「じゃあ、自分はここで。色々ありがとうございました。」と2人に挨拶して、席を立つ。
外に出る。すっかり涼しくなった夜の空気が心地よい。思いの外飲んでしまったなあ。でも楽しかった。駅はすぐそこ。改札を通ると、電車が止まっている。急いで乗り込む。思わぬ出会いがあって、楽しい時間があって、人生っていいものだ。ざわざわした気持ちなど小さなことなのだ。
東京都中野区沼袋3丁目4−18
03-3387-05
Posted by hisashi721 at 17:05│
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