午後7時、目黒駅にいる。今日は、朝方は冷え込んだが、昼頃から気温が上がり、小春日和という感じの1日になった。この時間でも、コートがいらないくらいの過ごしやすさだ。こんな日は、どこかに寄って帰ろうかなという気分になる。ただ、目黒の店は予約しないと入れないという経験をよくしているので、なんとなく気が進まない。でも、まあ、行ってみるかな。
駅前を背にして、二股に分かれた目黒通りの右側の横断歩道を渡る。渡ってすぐのビルの地下にある居酒屋に向かう。歩道から直接地下に入れる階段を降りて、ビルのドアを開け、少し奥に歩くと、その店はある。ビルの中だからドアは開け放し。中はテーブル席と右側に4席ほどのカウンター。カウンターにはお客さんはいない。店の中に入るが、店員さんからは声はかからない。そして、自分に気がついたお客さんだけが、無言でこちらを見る。こういう雰囲気の店は大抵・・・。
テーブル席の方から女性の店員さんが歩いてくる。自分の前を通り過ぎるのだが、こちらを見ない。仕方がないので「すみません。一人ですが、入れますか。」と問う。びっくりしたようにこちらを見て、何か声を発するが、聞き取れない。もう一度同じことを話しかける。向こうも何か喋っているのだが、声が小さいのと、どうやらアジア系の外国語なので理解できない。まあ、いいかと店を出ようとすると、やっと日本語で「少しお待ち・・・さい。」と言い残して、カウンターの前にいるもう一人の日本人女性店員さんに助けを求めにいく。・・・もういいよ〜。その問われた女性店員は何やら頷くと、こちらに向かってくる。「ご予約は?」と一言。予想通り。してねーよ、とは言わず、「予約してないと入れないんですか。」「はい。予約のお客さんで今日は一杯です。」早く言えよ、さっきからそこに立ってたろ、とは言わず。「わかりました。」と言って店を出る。やばっ。
引き返して、今度はサンフェリスタビルに入る。先日入った「蔵」という店があるビルだ。今日は地下に降りる。久しぶりの店に行ってみようと思ったのだ。店の前に立つ。ガラス戸越しに中を伺うことができる。テーブル席とカウンターには空きがあるが、なんとなく雰囲気的に予約客を待っているような気がする。ドアを開ける。カウンターのお客さんと話をしていたマスターが自分に気がついて、こちらに来る。「予約で一杯ですか?」と自分から問う。聞かなくても、そういう顔つきで近づいてきたので、こちらからそう言ったのだ。「すみません。今日は予約で一杯になっちゃって。ごめんなさい。」さっきより全然マシ。「とんでもないです。また、次の機会に来てみます。」と自分のために笑顔で答えてみる。はあー。
前にも書いたが、このビルの飲食店街は、比較的小さくて個性的な店が多いし、その店ごとのファンというか常連客がいるので、なかなか入り込むのが難しいと言える。予約制にしておかないと、馴染みの客が入れなくなるということもあるのだろう。それにしても予想通りの展開に、少々辟易としながら、飲食店街を歩く。つい最近、幡ヶ谷で同じような体験をしたし・・・どうする?他の街に行く?たとえば高田馬場とか。あの店なら、大丈夫なのでは?などと頭の中で葛藤しながら、通りかかった店をふとみると、カウンターにお客さんが一人だけ。この店は・・・これまで何度もこの店の前を通ったと思うが、一度も入ったことがない。店の前には手書きの文字。「寒い日のおでんはいかがですか。栄坊」・・・栄坊かあ・・・ここ、入る!
店の入り口は開け放し。中に入るとママさんらしい女性が「いらっしゃいませ。どうぞ中の席に。」と迎えてくれる。見事なL字型のカウンター。入り口はLの横棒側で、先客は縦棒の一番手前に座っている。縦棒の真ん中の席に決めて、奥まで進む。自分が座る頃合いを見計らって、ママさんが「お疲れ様でした。」とおしぼりを渡してくれる。「どうぞ、ゆっくりしていってくださいね。」と一言・・・泣いてもいいですか?
「生ビール(700円)、お願いします。」と注文する。「はい。お待ちくださいね。」・・・カウンター14席くらいかなあ。立派なカウンターだ。寿司屋によくあるネタケースもあって、刺身系が充実していることがわかる。壁に貼られたメニューは、刺身の他に、揚げ物や、焼き物、その他一品料理も多くて、全て美味しそうなものばかり。カウンターの中に男性が入ってくる。息子さんだろうか。30代で格好は今風。女将さんがやっている小料理屋という雰囲気が、一気にちょっとおしゃれな目黒の居酒屋に変わる。二人で店をやっているということか。
店の中を見回す。余計なものが置いてなく、とてもスッキリした空間になっている。なんと創業は1953年とある。このビルが建つ前、ここに戦後から続く飲食店街があったのだが、その当時からやっているということ。素晴らしい。さらに予約不可とも。ますます素晴らしい。「生ビールです。」とママさんがカウンター越しに届けてくれる。続いて、「お通し(400円)です。」と小鉢を渡してくれる。お通しは山芋の千切りの月見。美味しそうだ。では、まず、生ビールを一口・・・うんめー、ホント泣けてくる味だよなー。
山芋の月見をいただこうかな。「お醤油をかけて召し上がってくださいね。」とママさん。では醤油をちょっとかけて、卵黄を潰して山芋にまぶして、一口・・・山芋シャキシャキ!味、濃いなあー、卵の黄身と絡み合って、美味いなあー。ビール、ビール。この店、センスあるなあ。で、料理だけど、やっぱり入り口にかいてあった「おでん」だよな。「すみません。おでんお願いします。」「はい、何をお取りしましょうか?」「まずは、牛すじ、それから、厚揚げ、ちくわぶ、それから、がんもどきをお願いします。」「はい、全部で4点でよろしいですね。」「はい。」
ママさんが皿におでんを盛ってくれて、カウンター越しに届けてくれる。受け取ると、おお、ボリュームがすごい。厚揚げも、がんもどきも、それからちくわぶも丸ごと一つ。普通は、半分に切ってあったりするから、これはもう4点といえども、皿からはみ出るくらいだ。しかも、牛すじがものすごい量。串に刺してあるものだと思っていたが、そうではなく、袋からどっさり入れて温めたものを出してくれた。「芥子です。かなり効きますから、お気をつけて。」カラシを入れた取り皿を別に出してくれる。スープもたっぷり。スプーンがついてきたのは、納得。
では、その牛すじから、一口・・・ああ、煮込まれて柔らかくなっている。この独特の脂の旨み、そして、トロトロの食感。最高だなあ。ビール、ビール。それから、このスープ。関西風とか関東風とかいうのではなく、醤油ベースの旨みたっぷりの味。それでいて、サラッとしていて、そのまま飲んでもスッと喉を通る。美味しいなあ。ということは、このスープが沁みたがんもどきは・・・ひやー、んめー。最高!
さて、次の飲み物を、日本酒、焼酎、サワー類と揃っているが・・・ここは・・・「すみません。ハイボール(スーパーニッカ500円)お願いします。「ハイボールですね。」お兄さんが答えてくれる。で、氷をアイスピックで割って、グラスに入れ、ウイスキーを注ぎ、炭酸を泡の具合を注意深く測りながら作ってくれる。「どうぞ。」・・・では、一口・・・おお、炭酸が効いている。スーパーニッカのスコッチ的なスモーキーな香りも適度に加わって・・・美味しいなあ。やっぱり、ハイボールは丁寧に作ると美味いよなー。
ママさんが、お兄さんに話しかける。「今日、道を聞かれたんだけど、たみちってどこですかって。たみち?そんなところ聞いたことないから、びっくりして、目黒なんですか?って逆に聞いちゃったわよ。」「へえー。」「そしたらね。田道だったのよ。他所から来た人は読めないのね。」・・・田道は「でんどう」と読む。なんでも明治時代の中目黒村にあった地名らしい。今では目黒区目黒3丁目あたり。小学校の名前や、公園や区の施設の名前にその地名が残っている。有名な目黒のさんま祭りは田道広場公園で行われる。それにしても、目黒ならではの話題。いいなー。
店内にはテレビがある。もう一人のお客さんの席の前の壁にかかっている。自分の場所からは、ちょっと見えにくい位置だ。年末ジャンボ宝くじの話題を放送しているらしい。お客さんが言う。「宝くじなんて、当たらないよな。ひろゆきが言ってたよ。宝くじには裏があるって。だから、普通の人には当たらないんだって。」ママさんが答える。「そういえば、毎年当たってる人がいるのに、身近な人で当たったという人は聞いたことはないわね。」「だろ。」「でも、宝くじって、当たったら、何を買うとか、何をするとか、この時期になるとみんなで盛り上がるじゃない。だからそれが楽しいのよ。みんなの夢が聞けるから。よく宝くじは夢を買うっていうけど、そういう意味じゃないかしら。」・・・なるほど。味わいのある話が続く。ハイボールをおかわりする。
おでんは本当に食べ応えがある。ネタケースにある立派なタコを見て、タコ刺しを注文しようと思っていたけど、そこまで辿り着けなかった。2杯目のハイボールを飲み終えて、今日はここまで。「ごちそうさまです。」席を立つ。ママさんがカウンターの中から出てきて、「ありがとうございました。またおいでくださいね。」と店を出るまで見送ってくれる。「おでん、最高でした。身も心も温まりました。」「そうですか。よかったです。」「ごちそうさま。また来ますね。」「お待ちしてます。」
階段を上がって、外に出る。風もなく穏やかな夜。毎日通っている目黒駅だが、特別な夜もあるのだと思う。
東京都品川区上大崎2丁目27−1 サンフェリスタ目黒B1
03-3494-1586
Posted by hisashi721 at 18:28│
Comments(0)