新宿駅、午後7時50分。地下コンコースは工事中で歩きづらいことこの上ない。東西自由通路ができ、風通しが良くなったと思ったら、小田急百貨店の解体と駅の改良工事。小田急エース南館の店が次々に閉店して、新宿デリッシュパークになり、メトロ食堂街がなくなりということで、全く変わってしまった新宿西口地下。以前なら、この時間、30分くらい飲んで、さっと帰れる店がいくつかあったが、それももうなくなってしまった。
例えば、「天金」という天ぷら屋さんがあった。朝食からやっていて、夜は一品天ぷらや、天ぷら各種盛り合わせ、それだけではなく、鍋物や居酒屋風のつまみも充実していて、しかも安いというオアシスだった。一時期仕事帰りによくここでビールを飲んでいたのだが、自分と同じく、日のように通っている若い女性がいた。多分高層ビルにある会社に勤めているOLさんだと思うが、いつも1人で、お酒の二合徳利と枝豆の組み合わせだった。黙々と食べて、飲んで、さっと帰って行く。こういう人もいるんだなあ、と妙に印象に残っている。その女性はどうしているかなあ、とふと思ったりする。
また例えば、「スカラ座」というカフェバーがあった。歌舞伎町時代に一度行っているのだが、不思議な雰囲気の店だった。それが西口地下に来て、お酒も飲める店になり、カウンターに座れば、本格的なバーに来たような気分になれた。ハイネケンビールを飲みながら、ほっと一息という感じで、仕事終わりの楽しみの一つだった。この店にも印象に残っている人がいる。と言っても一度だけ居合わせただけなのだが。それは夜でなく、朝8時ごろ。モーニングコーヒーを飲んでいたら、若い女性が大きな荷物を抱えて入ってくるや否や、忙しなくメニューをめくって、「ジンライム!」と注文。それが、朝なのにお酒を注文していいのかなあ、とか、ちょっと注文しにくいなあ、とかそんな雰囲気はまるでなく、キッパリと「ジンライム!」とさりげなく、しかも力強い口調だったので、なぜか、おお、やるなーと感動したことを覚えている。羨ましかっただけかもしれないが・・・。
もう一つ例えば、「永坂更科布屋太兵衛」という蕎麦屋。この店はメトロ食堂街にあったのだが、併設の立ち食いコーナーがものすごく高いというので有名だった。そっちではなく店舗の方に、ちょい飲みセットというのがあり、お酒1本と蕎麦屋のつまみ3品が付いてきて1000円くらいだったと思う。店は狭いが、妙に落ち着く造りで、しかも店員さんが皆さんベテランということで、気持ちよく過ごさせてもらえた。鴨などをつまみに、燗酒をゆっくり飲んでいると、1日の疲れが解けて行くような気がした。この店で、印象に誇っているのは、年配の男性客。お酒を飲みながら、「おでん」を食べている。すると、店員さんを呼んで苦言を呈する。「このおでん。この店の味じゃないね。作り直して。」「どのような点がお気に召さなかったのでしょうか?」「この味じゃなかった。説明しにくいが、作っている人にはわかるはずだ。」・・・「こちらでよろしいでしょうか。」「うむ・・・いや、違う。この味じゃない。もう一度作り直して。」・・・「こちらではいかがでしょう。」「違う、これじゃない。」・・・自分も何度か「おでん」をここで食べたことがあるが、ずっと同じ味で、とても美味しかったが・・・。多分、そのお客さんの勘違いだと思うけど、それにしてもものすごく丁寧に接客している店員さんがすごいと思った。
そんな思い出に浸りながら、ああいう店が今もあればいいのになあ。もうそういう時代は戻ってこないのかなあ、と寂しくなる。ところで、いつもは新宿駅西口から改札を出るのだが、今日はたまたま中央西口の小田急線側から出た。目黒駅で乗った電車の車両がいつもと違ったからなのだが、それで、小田急ハルクに向かってコンコースを歩いている。すると、通りかかった店に「酒場わおん。」と染め抜かれた紺の暖簾がかかっている。あれっ?ここって食堂じゃなかったっけ。店の外のメニューなどを確認する。なるほど、朝はモーニング、昼は丼もの中心のランチ、16時からは立ち飲み屋さんになるのか。この時間だ。ここでサクッと飲んでいこう!