正月も、はや6日。土曜日ながら今日から出勤。とはいえ、明日からは連休なので休みをとっている同僚も多く、職場は3割くらいの出勤率かな。「今年もよろしくお願いします。」と改まって挨拶するのも、何年経っても気恥ずかしいものだ。9日からの仕事の準備を終え、やることはそれこそいくらでもあるが、今日どうしてもやらなければならない仕事はないので、早々と職場を後にすることにする。時間は12時20分。
職場を出ると、外はとても暖かい。コートが邪魔になる程だ。とにかくマフラーは不要なので鞄にしまう。空を見上げると雲一つない快晴で、日差しが眩しい。ただ、時折吹いてくる風はちょっと冷たくて、今が冬の真っ只中なのだということを思い起こさせる。バスに乗り、目黒駅に。いつもの日常が始まりつつある。
目黒駅から山手線。新宿駅が近くなると、じゃあ、これからどうするかと思案することになる。夕方まで時間を潰すのも、まだまだ時間があり過ぎる。少しだけ昼飲みをして帰ろうと思うが、そうなると候補は絞られてしまう。頭の中に3つのルートが浮かぶ。新宿を基点として、総武線各駅停車に乗り換えて「両国」に行くというのが一つ。二つ目は京王新線で「幡ヶ谷」に行くというもの。三つ目は池袋まで行って、西武新宿線に乗り換えて「清瀬」までいくというルート。一番近いのは「幡ヶ谷」。新宿から2つ目の駅だ。でも、こんな時間に自由になるというのもそんなにはないこと。一番遠いルートにしよう。というわけで、新宿駅では降りずに池袋に向かう。
池袋で改札を出ると、地下の通路はやはりすごい人通り。東口側に向かうものの、人の流れが交差していて、歩きづらいことこの上ない。何とか階段を登り、人混みをかき分けるようにして、西武線の改札口にたどり着く。5番線に準急「飯能」行き電車が入線している。13時31分発。時計を見ると13時25分。職場を出てから1時間経っている。電車に乗り込んで発車を待つ。
準急電車は池袋を出ると、練馬、石神井公園と停車し、それ以降は各駅に停まる。電車が発車し、高架を走る。車窓から街並みが見える。よく晴れた穏やかな風景だ。しかし日差しが強くて、前の座席の人がすぐに「遮光幕」を下ろしてしまい、風景は見えなくなる。もっと眺めていたかったが・・・。正岡子規が寝たきりの病床にあって、障子の紙をガラスに入れ替えることによって、季節や日々の移り変わりを楽しむことができた、みたいな文章が「共通テスト」で出題されていたなあなどと、関係ないことが頭に浮かんだりする。
3時55分、「清瀬」駅到着。改札を出て右へ。階段を降りると南口のロータリーに出る。馴染みのない駅ではあるが、こじんまりとして、親しみが湧いてくる。ロータリーを右に回り込んで商店街に入る。雅楽が流れていて、正月気分を盛り上げている。すぐに目的の店はみつかる。焼き鳥屋の隣に、何とも古びた感じの入り口がある。紫色の暖簾には「みゆき食堂」と白く染め抜かれている。
戸を開けると、意外にも奥行きがある造りで、テーブルが真ん中の通路を挟んで全部で11、2卓並んでいる。カウンターはなし。入り口近くのテーブルを片付けていた学生っぽい男性店員さんが、「いらっしゃいませ。」と迎えてくれる。「お一人ですか?では、一番奥の右側のテーブルにどうぞ。」・・・おお、一番奥の厨房の手前のテーブル。4人がけだが、まるまる空いている。素晴らしい。いいタイミングだったなと嬉しくなる。満席での相席かなと覚悟していたので意外な感じ。いそいそと奥まで歩いて、壁を背に座る。
お兄さんに「ビール(スパードライ中瓶400円)を。」と注文する。入り口すぐのテーブルと自分のテーブル以外にはお客さんがいる。みなさんビールやホッピーを注文して昼飲み。もちろん食堂なので、カレーや丼ものを食べている人もいるが、そのボリュームが噂通りすごい。色々つまみを食べた後に、食べ切れるのだろうかと他人事ながら心配になる程だ。お兄さんがビールを届けてくれる。では、グラスに注いで、一口・・・くぅ〜、沁みるなあ・・・うめー。
壁には料理の短冊がぎっしり。この中からじっくり探して注文するのは不可能。目についたものを注文することにする。「ハムエッグ(300円)とジャンボ餃子ハーフ(3個300円)をお願いします。」と注文する。ハムエッグの短冊には赤い文字で「ボンレスハム」と書き添えてあって、それに反応してしまた。ジャンボ餃子は「ジャンボ」ってどんなのだろうと興味が湧いたのだ。わざわざ「ハーフ」があるってことはびっくりさせられるのかなあ・・・。
よく見ると短冊は、古びて茶色になったものもあれば、真新しいものもある。これだけメニューがあるのに、常に新しいメニューを考案しているということだろうか。向かい側の壁には色紙がたくさん飾られている。誰のものかは確認できないが、無名の人の色紙を飾るはずはないので、有名人もたくさん訪れているということだろう。店はすごく古びている。味があるともいえるが、少なくともオシャレではない。居心地は・・・抜群によい。
ハムエッグが届く。醤油かソースが迷って、醤油をかける。ハムに卵の黄身を絡めて一口・・・美味しいなあ。この組み合わせは最強といっていい。ビール、ビール。入り口上のテレビは高校サッカーの準決勝を放映している。PK戦で青森山田高校が勝ったという場面。何となく見ているが、お正月の昼飲みといえば駅伝か高校サッカーだな。4月の初めはセンバツを見ながら、初鰹でぬる燗。8月はやっぱり高校野球を見ながら、生ビールと枝豆・・・正岡子規とは違って、現代ではスポーツが季節を感じさせるということか・・・。
ジャンボ餃子ハーフが届く。なるほど、どでかい。普通の餃子の倍以上は軽くある。タレは小皿に入れられて、あらかじめ出てくる。では、タレをつけて一口・・・肉汁がドバッと出てくる。餡の挽肉が美味い!いいなあー、食べ応えはもちろん大満足級。次の飲み物は・・・サワー類が色々あるが・・・ホッピーかな。「すみません。ホッピーセット(400円)をお願いします。」と注文する。すべての席が埋まり、店は活気に包まれている。いい感じ。
70代くらいの男性客が入ってくる。空いているテーブルに向かうが、女性店員さんが出てきて・・・「んー、そこお客さんがいるんだよねー。お手洗いに行ってるの。」と声をかける。男性客はちょっと戸惑いながらも自分の方を見る。店員さんが「相席、よろしいですか?」と自分に問う。「どうぞ、どうぞ。」と答える。お互い様だ。こういう時、出て行くのは寂しいもの。本当に、どうぞ、どうぞ。
男性が向かいに座って、「ウーロンハイ。あと、ほうれん草の卵とじ」と小さな声で注文する。で、テレビを眺めている。ホッピーセットが届く。ジョッキの焼酎が物凄く多い。ホッピーをちょっと注ぐと、すぐにこぼれそうになる程だ。一口・・ほぼ焼酎。少し飲んで、またホッピーを注ぐ。こんなに濃いホッピーは初めてかなあ。向かいの男性が「サッカー観てましたか?」と不意に話しかけてくる。「真面目には観てないですけど・・・ああ、青森山田が勝ちましたよ。」「ほー、じゃあ、あのまま1点差で。」「いや、PKでした。」「へー。そうか。」とても嬉しそうだ。「もしかして青森出身ですか?」「いや。全然違う。」あらっ・・・。
それをきっかけに男性が話始める。何と全然違う鹿児島の出身ということ。東京に来て就職して、清瀬に住んで、この店には40年以上通っているというような話を、濃いホッピーを飲みながら聞く。「清瀬は住みやすいですか?」と尋ねてみる。「いいところだよ。緑も多いし、都会にも近いしね。」・・・奥から年配の女性店員さんが出てきて、男性客に話しかける。「今年もよろしくね。ほうれん草食べてるの。珍しいね。」「うん、青物を食べたいと思ってね。」「いいよ。野菜はー。どんどん食べなきゃ。」・・・常連さんと年配の店員さんの会話・・・いいなあ。
「すみません。中(焼酎200円)お願いします。」この一杯で、普通のホッピー2.5杯分の酔いを感じる。危険だ。「中」が届く。寿司屋で出てくるような大きめの湯呑みに焼酎と氷が入ったもの。自分の「中」史上最も多い焼酎量だと思う。残りのホッピーの量からすると、あと2杯は飲めるが、そんなに飲むと今日が終わってしまう。まだ、午後3時前だ。家に帰って、読みたい本もあれば、やりたい事もある。ここで終わるわけにはいかない。湯呑みからジョッキにドバッと焼酎を移す。ホッピーを注ぐ、一口・・・うへー、酔っ払ってしまいそうだ。でも、「すみません。豆腐ステーキ(300円)お願いします。」と注文してしまう。
豆腐ステーキが届く。豆腐の上にたっぷりの野菜炒めがのっている。ボリューム満点だなあ。一口・・・野菜と豆腐のバランスがいい。醤油っぽい味も良い。美味しいなあ。ホッピー、ホッピー。・・・女性店員さんも加わって、色々話しているうちに時間は経っていく。「今日はお仕事ですか?」スーツ姿の自分は、確かに周囲からちょっと浮いている感がある。「午前中だけ仕事してました。」「近く?」「いや、職場は目黒です。」「?」・・・2人の顔が、どうして目黒から清瀬に来たの?という表情になる。でも、それには触れずに「金融関係?」と問われる。「そう見えますか?」「真面目そうだから。」・・・真面目な人が、こんな時間にわざわざ1時間半もかけて飲みに来ますか、ははは・・・と言いたかったが、酔いで噛んじゃいそうだから、やめて、「そう見えるだけです。」とだけ答える。
ホッピーを焼酎に注ぎ入れて薄めながら、何とか飲み終える。それにしても楽しい。もっと飲みたいと思ってしまう。・・・だが、思い止まる。「ごちそうさまです。お勘定をお願いします。」と、がろうじて言う。「また来てくださいね。」「また飲みましょう。」という優しい言葉で送られる。
外に出る。空が広い。いい天気だなあ。やっぱり、まだ今日を終わらせるわけにはいかないな、と思いながらも、酔いが回っている自分が何だか可笑しかった。
東京都清瀬市松山1丁目9−18
042-491-4006
Posted by hisashi721 at 14:49│
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