1月10日(水)。仕事も本格的に始まり、忙しい毎日になると思いきや、今日は平穏な1日だった。職場を出たのも午後5時30分ごろ。今日は、昼頃は気温も上がり、過ごしやすい時間もあったのだが、日が暮れると流石に寒い。急ぎ足でバス停に向かう。さほど待たずに目黒駅行きのバスが来る。さて、今日の寄り道は?
山手線で目黒から新宿へ。新宿で電車を降り、京王新線の改札に向かう。小田急エース南館から京王モールへ。地下道はものすごい人の波。改札を入って、長いエスカレーターを降り、さらに階段を降りる。ちょうどホームに急行「橋本」行き電車が入ってくる。電車は混んでいて、立錐の余地なしといったところ。電車は「初台」を過ぎ、「幡ヶ谷」に到着。何となく古びた駅の階段を上り、改札を出る。北口に出る階段を上ると、甲州街道。冷たい風が吹いている。
目的の店は駅の近くで、大きな看板が光っている。前回は満席ということで入店できなかったけど、今日はどうかな。戸を開ける。前回よりは明らかにお客さんは少ないし、カウンターにも空席がある。入り口そばの小上がり座敷に料理を運んでいたお姉さんが「いらっしゃいませ。」と迎えてくれる。「1人ですけど、いいですか?」「はい、お一人様。どうぞ。」では、カウンターに・・・。カウンターの中の厨房にはママさんと、料理中のご主人。ママさんが、怪訝な顔でこちらを見て言う。「何ですか?」・・・ん?何ですかって・・・?すると、先ほどのお姉さんが「お一人のお客様です。」とママさんに伝える。ママさんがこちらを向いて言う。「満席です。」笑顔なし。えっという感じでお姉さんがこちらを見て、「すみません。」と小さな声で言う。何だか気の毒になる。「ああ、わかりました。じゃあ。」とお姉さんにだけ、できるだけ優しく笑顔で告げて、外に出る。
まあ予想した展開の一つではあるので、次を探すことにする。六号通り商店街に入って歩いてみる。んー、あんまり居酒屋がないなあ。面白そうな店はあるのだが、エスニック料理だったり、焼肉屋であったり・・・。商店街の終わりまで歩いて、引き返す。それにしても寒いなあ。どこかに入って暖まりたいものだ。甲州街道の横断歩道を渡って、南口へ。西原方面に歩いてみる。こちらも、個性的な店がポツリポツリとあるものの、落ち着けそうな店が見つからない。店が途切れて、住宅街になるあたりで引き返す。
駅に戻る途中、玉川上水の緑道があり、公園のようになっている場所がある。ここで懐かしい記憶が蘇る。春、この緑道は桜並木になり、それは見事なのだ。どれくらい前かは忘れてしまったが、この道の存在を教えてくれた知り合いと散歩したことがあった。暖かい日で、桜を眺めながら、気持ちよく歩いた・・・暖かかったなあ・・・こんな寒い1月の夜に春の暖かさを思い出すとは、なんだか「マッチ売りの少女」みたいな気分だ。
ふとみると、緑道の脇に灯りをともした店がある。通りから少し入ったところにあるので、目立たない位置にある。そういえば、その散歩した時に、へー、いい感じの店があるなあ。と思った記憶がある。その時は営業時間外だったような気がする。店に近づいてみると、「ふぐ料理」と書かれた幟がはためいている。それから鰻料理とも。ふぐと鰻・・・ちょっと今はなあ。店の外にメニューが掲示してある。見てみると1品料理もあるようだ。店の名前は「文泉」。入ってみようかな。暖簾をくぐる。
戸を開けて、店の中に入る。右に厨房があって、板前さんらしい服装の男性が作業中。その前にカウンターが5、6席。真ん中に男性が1人。通路を挟んで、テーブル席が3つ。そのうち2つはテーブルを合体して、6人で会食中。他に座敷もあるようだ。カウンターの前にいた女性がこちらを見て、「いらっしゃいませ。」と迎えてくれる。「1人ですけど、大丈夫ですか。」「はい、どうぞ。」よかったー。カウンター席に向かおうとすると、「こちらのテーブルにどうぞ。」と4人がけのテーブル席に案内してくれる。鞄を椅子に置き、コートを脱いでその上にのせる。
席に座ると、おしぼりを渡してくれる。「まず、生ビール(450円)をお願いします。」と注文する。それにしても、暖かい。冷えた体がゆっくりほどけていくような心地よさを感じる。ビールが届く。おお、なんて上品なグラスなんだ。ビールが美しく見える。一口・・・わー、いつものビールとは違うような気がする。何だか甘く、軽やかな感じ。歩き回ったので、寒くても喉が渇いていたらしく、本当に沁み込むような美味しさだ。
お通しが届く。小さな舟のような形の器が出される。もずく?一口・・・これは・・・ねっとりと糸をひくメカブにいくらが和えてある。甘い味付け・・・これ、美味い!ビール、ビール。さて、注文を・・・メニューを見る。まずは「お食事」とあって、鰻重、刺身定食、天ぷら定食、天重・・・次に「ふぐ料理」。フグ刺し、ふぐちり、ふぐ唐揚げ・・・で、「一品料理」。鰻蒲焼、白焼き、刺身盛り合わせ、天ぷら盛り合わせから始まり、魚料理、鶏料理、野菜料理と豊富なメニューが並んでいる。どうしようかな。「すみません。刺身盛り合わせ(1300円)と焼き鶏(3本700円)をお願いします。」と注文する。
自分の隣の会食が終わったようだ。親子三代が集まって、お祖父様の何かのお祝いをしているようだった。カウンターに座っている男性は、このご家族と知り合いらしく近況を聞いたりしている。お祖父様は、近所でお店をやっていて、今年は正月も休まず営業していたんだよなどという話をしている。この辺りの街の変化なども話題になっていた。「じゃあ、ご馳走様。」といって皆さん立ち上がる。それぞれの顔は晴れやかで、この会食が楽しいものであったことを物語っている。
ご家族が出ていく時、カンターの男性が立ち上がって「ありがとうございました。」と頭を下げる。えっ!ここのご主人だったのか。全く気づかなかった。厨房の中の若い男性は板前さんという感じなのに、ちょっとカジュアルな、でもオシャレな服装の方だったので、てっきりお客さんだと思っていたのだ。
テーブルの上の食器などが片付けられると、店の中がシーンと静かになる。客は自分1人になったと言うわけだ。戸惑う間もなく、カウンター席に座っているご主人から声がかかる。「この店は初めてですか?」柔和な笑顔で、スッと人の心に入ってくるような声と話し方に、一瞬で心が開く。「初めてです。ただ、この店の前を通ったことがあって、営業時間外だったと思うんですけど、雰囲気が良さそうな店だなって思ってて・・・。この近所に知り合いが住んでまして、以前、緑道の桜が見事だから見に来い、みたいな誘いがあって来たことがあったんですよー。今日、たまたまこの辺りを通りかかって、ああ、懐かしいなあって。いやー、この落ち着いた雰囲気といい、入ってみてよかったです。」・・・などと一気にしゃべってしまう。ご主人は笑顔で頷きながら聞いてくれている。
焼き鶏が届く。3本。大きい。形よし。立派!レモンを搾って、早速一口・・・うおー、鶏肉が違う・・・深く濃い味わい・・・これは塩でなきゃ・・・塩もすごく味わい深いものを使っているようだ・・柔らかく、ジューシーな焼き鶏だ。美味しい!ビール、ビール。ああ、ビールが無くなっちゃった。「すみません。日本酒(450円)を燗でお願いします。」それにしても美味しいなあ。
燗酒が届く。感じのいい酒器。素晴らしい。一口・・・ああ、いい燗だなあー。ぬるくもなく、熱くもなく。冬にじっくり飲むには最高の燗加減だなあ。・・・「お住まいはどちらですか?」とご主人。「中野区です。」「駅でいうとどちらになりますか?」「西武新宿線の鷺ノ宮という駅です。」「ああ、そうですか。じゃあ、少し遠いですね。」「まあ、ここに来るには渋谷で乗り換えるか、中野からバスということになりますからね。」「出身も中野区ですか?」「いや、広島です。」「お仕事でこちらに?」「いや、大学で東京に来て、それからです。」「大阪の大学ではダメだったんですか?」「考えもしませんでした。」・・・なんか、ベラベラしゃべっちゃうなあ。
「刺身盛り合わせです。鮪はヌタにしてあります。」と板前のお兄さんが直接持ってくれる。では、その鮪のヌタから・・・一口・・・ほー、甘さがグッと抑えてあって、鮪の味が濃く感じられる・・・んめなー。燗酒、燗酒。最高!そこに年配の男性客が入ってくる。オシャレなフリースが目を引く。さすが渋谷区!といってしまいそうな雰囲気を持っている。テーブルに座って、すぐに焼酎のボトルとお湯の入ったポットが出される。「今日、代々木八幡に行ったんだけど、ここ10何年で初めて、並ばずにお参りができたよ。」と一言。渋谷区だなー。
「自分は今年まだ初詣に行けてないんですよ。」とまた喋り出してしまう。「並ぶのが大変なので、15日過ぎになっちゃいますね。」などと。「そうですね。最近は本当にお参りする人が多いですね。だから今日の代々木八幡は驚きました。」「へー、そうなんですね。この辺りは代々木八幡が氏神様ですか?」「ええ、道のこっちが代々木八幡で、向こう側が氷川神社なんですよ。」「なるほど。」
この店、自分に合ってる、と勝手に思い始める。そこで・・・「あの、頻繁には来れないと思うんですが、また、ぜひ来たいので、ボトルをお願いします。いいちこ(3200円)で。」「ありがとうございます。氷にします?」「自分もお湯で。」「はい。」・・・ボトルを入れてしまった。でも、何だかこの店は肌が合うような気がする。そこにご夫婦らしきカップルが入ってくる。男性は50代で女性は30代に見える。で、年配の先客と合流してテーブルを囲む感じ。常連さん同士というわけかな。やはり焼酎のボトルが出てくる。ご主人が「こちらのお客さん、広島出身の方なんですよ。」とご夫婦に紹介してくれる。「そうなんですか!祖母が広島出身なんですよ。この前も宮島から呉まで回って来ました。広島、いいところですよね。」と旦那さん。奥さんが「私ユニコーンのファンだっんで、広島大好きです。」・・・もう、話が終わるはずがない。
想定以上の焼酎を飲んでしまう。話が楽しくて仕方がない。お店の人とお客さんと一緒になって、わいわい喋って、飲む。本当にいい時間になった。でも、あまり遅くなっても明日が辛い。後ろ髪引かれながら「今日は、ここまでにしますね。楽しかったです。」「こちらこそ。またおいでください。お待ちしています。」
外に出る。風は冷たいが、さほど寒さは感じないような気がする。実は、緑道の桜並木を教えてくれた知り合いは3年前に帰らぬ人になった。1人ではあるが、また桜並木を歩いてみたいと思った。
東京都渋谷区西原1丁目21−14 杉の子マンション
03-3469-4358
Posted by hisashi721 at 13:24│
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