今日(7日)の仕事の最後は会議。長引くのを覚悟していたが、午後5時30分ごろには終わってしまう。残りの仕事は明日に回すことにして、20分後には職場を出る。月曜日に降った雪が、まだ道路の脇に残っている。路面は濡れて、家々の灯りを映してキラキラ光っている。バス停への道はやけに静かだ。
目黒駅から山手線に乗り、新宿駅で下車。京王口改札を出て、京王モールへ。南に向かって歩き、京王新線の改札を入る。長いエスカレーターに乗って、ホームへ降りていく。今日は幡ヶ谷に行くつもりでここまで来た。何回か入れなかった店に行こうと思っていたのだ。でも、エスカレーターに乗っているうちに、気が変わった。今日は嫌な思いをしたくないなと。のんびりとした店で、親しく誰かと話しながら、時間を過ごしたい。そんな思いが強くなった。
エスカレーターで降りて、すぐ隣の上りエスカレーターに乗る。改札で駅員さんに申し出て、スイカを処理してもらい、再び京王モールへ。小田急線の改札方向に歩き、中央西口からJR線の改札を入る。12番線ホームに上がり、電車を待つ。すると「大月」行き快速電車が来る。大月!なんとなく旅情を感じる。これ以上ないほどの超満員電車。こんなに人が乗れるのかというくらいのぎゅうぎゅう詰め。うへー、ぐるじー。
10数分耐えて、阿佐ヶ谷駅に到着。押し出されるように電車を降りる。馴染みの街並みを眺めるだけで心が和む。北口に向かおうとして、また気が変わる。せっかくの阿佐ヶ谷。まだ行ったことのない店に行ってみようか・・・でも、雰囲気も分からないし、大丈夫かなあ。結局、南口に出て、パールセンター商店街の前の横断歩道を渡ってしまう。阿佐ヶ谷なら大丈夫、という妙な安心感が自分の小さな冒険を後押ししてくれる。
マクドナルドの横の小路に入る。両側に飲食店が並ぶ。「アカマル屋」や「四文屋」は活気にあふれている。BAR「MISTY OPARS」も健在だな。そして「阿佐ヶ谷一番街」へ。「鳥正」は定休日だ。話題の「サトーブリアン」があって、「鳥平」があって、もつ焼き「高木」があって・・・海鮮料理「にしぶち」が見えたら、「ASAGAYA CAFE」の角を曲がる。すると「バルト」が見えて、また角を曲がると、何軒かの店が並んでいる小路がある。その中に「大衆酒場」と白い文字が染め抜かれた紺の暖簾を下げた店がある。灯りが入った提灯には「春日」という店名が書かれている。
中から笑い声が聞こえる。大勢の声ではない。思い切って戸を開ける。入り口から奥に向かって6席ほどのカウンター。通路を挟んで右に小上がり座敷。カウンターの中が厨房だ。街の居酒屋そのものの作り。一目見てこの店はいい店だとわかる。カウンターの中にマスター、店の奥にママさん、カウンターの真ん中の席に常連さんらしい年配の男性が1人。その3人がこちらを見る。「こんばんは。」と声をかけると、「1人ですか?」とマスターが答えてくれる。「はい。」「カウンターの空いてる席にどうぞ。」・・・入り口すぐの席に鞄と脱いだコートを置いいて、その右隣の席に座る。すぐにママさんが来てくれて、「いらっしゃいませ。」とおしぼりを渡してくれる。後ろの黒板に飲み物のメニューがあったので、すぐに「サッポロビール(黒ラベル中瓶600円)をお願いします。」と注文する。
ビールとグラス、そしてお通し(筍と干し大根の煮物400円)が届く。「では、どうぞ。」とママさんがビールを注いでくれる。お酌してもらうの久しぶりだなあ。「ありがとうございます。」では、一口・・・いろいろ迷ってここに来たけど、正解だったようだな・・・よく冷えたビールが喉に心地よく流れて行く。うめー。では、お通しを、美味しそうな煮物だなあ。筍を一口・・・柔らかく煮てある・・・よく味が沁みている・・・出汁が効いていて美味しいなあ。ビール、ビール。
では、料理を。黒板には刺身類と肉じゃがなどの煮物、それから焼き鳥、揚げ物もある。やっぱり刺身かな。「すみません。ぶり刺し(780円)をお願いします。」と注文する。マスターが「ぶり刺しですね。」と復唱して料理に取り掛かる。先客の常連さんは、お銚子にたこ刺し。こういう組み合わせっていいなと思う。自分が入ってきたことによって中断した話が、また始まる。
「でね。彼、スターロードの方の店に移ったわけ。そしたらそこのオーナーが、1年したら支店を出すので、それを任せてやるって言ったんだって。だから、そんないい話あるわけないよって止めたんだ。でも、やっぱり店を持てるって魅力あるじゃん。だから、そこに勤めるって。なんだかんだ言って、給料もろくに払ってもらえなくて、店の話もやっぱり嘘でね。かわいそうだったよ。」うへー、重い話だなあ。
思わず「その店って、まだやってるんですか?」と聞いてしまう。すると、3人がまた自分の方を見る。いきなりだったので驚かせてしまったようだ。「いや、もうやってないんだ。」と常連さんが答えてくれる。「そりゃあ、そうですよね。」と納得する。これで店に溶け込むことができる。
ぶり刺しが届く。おお立派な刺身だ。分厚いところを一口・・・いやー、これはいい。脂がのって甘みを感じるよー、噛めば旨みが溢れ出して・・・そして口の中で溶けてしまう・・・美味い!ビール、ビール。「お客さん、一番街はよく来るんですか?」とマスターが問う。「そうですね。年に何回かは来ますけど、やっぱり北口の方が多くて。それこそスターロードとか。松山通りとか。」「うーん、何回か会ったことがあるような気がするんだよね。」・・・そう言われみると、なんかこの店に来たことがあるような気もするのだが・・・いや、初めてのはず。
「この場所で40年店をやっているんだけどね。ちょっとこの辺り寂しくなっちゃって。この周りだけでも13軒もあったんだよ。なんとか自分の力でもう一度賑わいを取り戻したいと思って頑張ってるんですよ。」とマスター。確かに、メインの通りから少し入った場所にあるこの辺りは閉めてしまった店が多く、ちょっと寂しい感じがする。まあ、そこが味わいがあっていいとも言えるのだが・・・「やっぱり、相撲部屋があった頃は、すごかったんでしょうね。」と自分。「景気良かったよ。時代もあったんだけどね。花籠部屋、二子山部屋、放駒部屋、日大相撲部もあった。」と常連さん。マスターも大きく頷いている。「まさに東の両国、西の阿佐ヶ谷ですね。」と自分。
「ちゃんこ屋さんもあったわね。」とママさん。「ダイヤ街の奥の方にも一軒あったのよ。」「ありましたね。一番奥に。確か店名は二子岳!」「そうそう、二子岳。そこを知ってるなんて、お客さんも案外阿佐ヶ谷古いのね。」あちゃ。「まあ、自分が知ってからすぐにダイヤ街が改装になって、入ったことはないんですけどね。」・・・二子岳って、青森県の金木町の出身でしたよね、太宰治と同郷ですよね、などと知識を披露したかったが、やめておく。
ここでお酒を注文。「すみません。お酒の大きい方(880円)を燗で。お願いします。」「熱くする?」「熱いやつで。」・・・燗酒が届く。ママさんがまたお酌をしてくれる。「もっと熱い方が良かったら言ってね。」・・・一口・・・素晴らしい!こんなに絶妙な燗は初めてだ。物足りなくもなく、刺激が強くもなく、それでいて、飲みごたえもあるという・・・美味しい!
それから話題は、一番街のBARのママさんたちがお小遣いをくれたとか、旦那衆が札束を持って遊んでいたとか、景気の良かった頃の話になり、何も知らない自分は「へー、そうなんですね。」と驚くばかり。それから、パールセンター商店街のかつての店主たちの武勇伝を聞く。店は知っていても、その背景は知らないので、これも驚くことばかり。「それにしても、古くからの店がだんだんなくなっていくわね。今はセブンデイズが4軒もあるんだって。」1週間だけの貸店舗が4つも!「まあ、お店をやるって、大変だからね。特に飲食店はね。マスター。」マスターが答える前に、「ホント、大変!」とママさんが声を上げる。常連さんが「ママさん、早かったねー。マスター、ママさんに楽させてあげなくちゃ。」「てへ。」
「大変だったといえば、コロナだね。」とマスター。「やっとカウンターのアクリル板はとったたんですけどね。まだ小上がり座敷は使ってないんですよ。」とママさん。「また、増えているってことだから、マスクをしっかりしてね、もう少し頑張るよ。」とマスター。そう店には消毒用のスプレーやペーパーがしっかり置いてある。マスターや常連さんの少年時代の話の中に、「栃若」や「60年安保」という言葉が出てくる。それだけ高齢ということなので、やっぱり慎重にというのは納得だし、ぜひそうして欲しいと思う。
マスターの小学校時代の話。「東北地方の県を答えなさい。」という問題に「近畿地方、関東地方、九州地方」と答えて、廊下に立たされた話にみんなが笑う。「なんで、そんな答えを書いちゃったんですか?」「なぜかね、地方を答えなさい、だけ見えたんだよね。」「ははは。」「もちろん県ならわかるよ。青森県、岩手県、あれっ、福島は入ってたっけ?」「今でも怪しいじゃん。」「ははは。」・・・いい感じ。
2合のお酒を飲み干して、今日はここまで。「ごちそうさまです。」「ありがとうございました。」とマスターとママさん。「話に付き合ってもらっちゃって、すみませんでした。」と常連さん。「いえいえ、そんな。本当に楽しかったです。また、お話ししたいです。よろしくお願いします。」「またまたぁ。」
ママさんが外まで出てきて、送ってくれる。「ありがとうございました。寒いので、お気をつけて。」・・・おしゃれなママさんと愉快なマスター。思いもよらない幸せな時間を過ごさせてもらった。駅に向かって歩き始める。帰ってくる場所がまた一つできたと思う。

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03-3316-1316
Posted by hisashi721 at 13:04│
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