土曜日(8日)、職場を午後5時に出ると、蒸し暑い夕暮れが待っていた。バスに乗ると冷房が心地よい。ぼんやりと外の景色を眺めながら、休日前のゆったりとした一時を楽しむ。目黒駅のホームは土曜日のこの時間なのになぜか混雑している。どうやら電車が遅れているらしい。やれやれ今日も満員電車で帰ることになるのだろう。
時間調整の停車もあり、渋谷からは立錐の余地もない状況になる。自分は恵比寿駅で運よく座れたのだが、自分の膝が前に立っている人の脚に押されて窮屈な態勢になっている。新宿に着くと、押し合いながら出口に人が溢れ、待ちきれずに入ってくる人たちとさらに押し合いになる。その間、発車ベルが鳴り続け、「ドアを閉めます。」という怒鳴るようなアナウンスが何度も流れる。
地下道を通って、サブナードへ。商店街を抜けて新宿区役所前に出る階段を上る。外に出て、ミスタードーナツ前の横断歩道を渡り、緑道に入る。それにしてもものすごい人だ。地上を歩いていたらここまでくるのに何倍も時間がかかっていただろう。少し歩くと「新宿ゴールデン街」の入り口だ。細い道を歩いて、3本目の通り、「一番街」に入る。時計を見ると午後6時。目的の店の開店時間だ。見るとドアが開いている。さて、入りますか・・・。
前日の金曜日の同じ時間、自分は阿佐ヶ谷にいた。阿佐ヶ谷の一番街にある「バルト」に行くためだ。5月の中旬に、「三方ヶ原」産のジャガイモを使ったポテトサラダを目当てにこの店に来たのだが、「今年は去年よりちょっと遅いみたいなんで、もう少し経ってから来てみて」とマスターに言われた。その日は、マスター自慢のたこのマリネをいただいて「じゃあ、6月になってからまた来ますね。」と約束していた。で、昨日、やって来たというわけだ。
開店直後で先客はおらず、いつものカウンター席に座り、ヒューガルデン白(800円)を注文。マスターは料理の仕込みで忙しそうにしながらも、お通し(400円)の厚揚げと挽き肉の煮物を出してくれる。BGMは「黒船レディと銀星楽団」。「夜来香」が気だるく流れている。2日の日曜日に「バルト」でライブがあり、30人くらいのお客さんが生演奏を聴いたとマスターが話す。「ところで、三方ヶ原のジャガイモは?」「ポテトサラダ、召し上がりますか?」「もちろん。」
白ワイン(1200円)を注文し、ポテトサラダにオリーブオイルをかけて、一口・・・この粘りと味の深さ、うんまい!ワイン、ワイン。「美味しいですね。さすがです。」「やっぱり、違うでしょう。」「ええ。」「でも、もっと美味しい食べ方があるんですよ。」「へー、どんな料理ですか。」「いや、料理というより、蒸した芋をただ潰して、塩をふりかけて食べるんですよ。芋そのものが美味しいんで、それが一番。」「なるほど。」
後はワインを飲みながら、のんびりする。マスターは話好きなので、料理をしながら、音楽や落語や、いろいろな街の話をしてくれる。そのうち岸田首相の愛読書である庄司薫の小説に話が及んで、あれは東京の人でないと本当の意味で理解できないみたいな意見を述べる。マスターは山形出身なので、高校時代に読んでもわからなかったと言う。山形と広島は違うと言いたかったが控える。
そんな時間を過ごしながら、「黒船レディ」ってかっこいい名前だな、とふと思う。宝塚歌劇みたいだな・・・。そういえば、宝塚ファンのママさんがやっている店があったよな、と思い出す。そうだ、新宿ゴールデン街の「サーヤ」に行った時、ママさんが「明日、初めて宝塚を見に行くのよ。」とワクワクした顔で話してくれた。「ドラゴンナイトのママさんがチケットを取ってくれたの。すごい宝塚ファンでね。」「そうなんですね。」「一度、行ってみたら?」「宝塚は特に・・・」「いい店よ。広くてね。」「はあ。」「連絡しとくから、行ってね。」・・・せっかく紹介してもらったのに行ってなかったなー。明日、行ってみようかな。
というわけで、「ドラゴンナイト」の前にいる。開いている扉から入ろうとすると、中から30代くらいの女性が出てくる。そしてドアを閉めて、鍵をかける。店の前に停めてたあった、自転車に乗って花園神社方面に走っていく。あれ?チラッと目があったが、声を掛けるタイミングを逃してしまった。開店時間は過ぎているのだが、何か買い物だろうか・・・。
どうしよう。そこに立っているわけにもいかない。人通りが多くなってきている。外国人のグループが興奮気味に喋りながら歩いている。そこで「サーヤ」に入って、飲みながら待つことにする。ドアを開けるとカウンターには2人の客。男女1人ずつ。「こんにちは。」と声をかけて、「奥の席にする?」とママさんに言われるままに、奥の席に座る。サントリー角瓶の水割りを注文し、ドラゴンナイトに行ったけど、ままさんらしい人は自転車で出掛けてしまったという事情を話す。「あら、残念。でも待っていれば戻ってくると思うから。少しここで飲んでれば。」「そうします。」
ということで、お客さんやママさんと語り合いながら、水割りを飲みながら待つことになる。「そういえば、思い出横丁に最近行った?」とママさん。「最近は行ってないですね。」「この前来たお客さんが、思い出横丁の馴染みの店に行ったんだって、そうしたら、1人客はお断りだって言われたんだって、ひどいよね。」「思い出横丁でも!」と自分が驚くと、「1人でふらっと入って、お客さん同士で話をしてというのがこういう店の文化じゃないですか。」と男性のお客さんが憤慨する。「信じられない。」と女性のお客さん。
ママさんがスマホを操作している。「LINEで返事が来たよ。今お店を開けたって。」「そうですか。じゃあ、せっかくだから行ってみますね。」と席を立つ。「行ってらっしゃい。」とママさんが声をかけてくれる。外に出て、少し歩くと「ドラゴンナイト」だ。ドアを開けると、すぐに階段。店は2階だ。階段を上り切ると、右手にカウンター、左手はテーブル席、正面には大画面のディスプレイ。もちろん、宝塚歌劇の煌びやかな舞台が映し出されている。先客はカウンター奥にやや年配の男性、手前に若い男性。「こんにちは。」と声を掛けると、先ほど自転車で走り去った女性が「いらっしゃいませ。さっき店の前にいらっしゃった方ですね。すみませんでした。サーヤさんから聞いてます。どうぞ、どうぞ。」と歓迎してくれる。若い男性が席を移動してくれて、ママさんの前の席に座ることができた。
先客の2人は宝塚歌劇を真剣にみている。「飲み物はどうされますか?」「じゃあ、ビールをお願いします。」サッポロラガービールが出てくる。ママさんに注いでもらって、一口・・・今日はビールは初めてなので、心地よい冷たさが喉を通っていくのが嬉しい。んめー。「お通しは塩焼きそばですけど、召し上がりますか?」「もちろん、いただきます。」
店の壁にはズラリと宝塚歌劇のポスターが貼られている。そして、さまざまなグッズも飾られている。夢のような
世界。ママさんが言う。「さっきはすみませんでした。宝塚ファンの踊り子さんの舞台を応援に行ったんです。宝塚の音楽に合わせて踊り、衣装も宝塚風だということを聞いたので・・・。」「踊り子さん?・・・えっ、見に行かれたんですか?」「はい。」ファンって凄いなー。それにしても、さすがゴールデン街だ。「深夜食堂」みたいな世界が展開されている。
ディスプレイでは、宝塚トップスターが「銀の竜の背中に乗って」を熱唱している。圧倒的な歌唱力に引き込まれる。時々ビールを飲んで、塩焼きそばをつまむ。うめー。男性客2人も魅入られたように聴いている。終わると、ほーと息をつく。「いいねー。」とポツリと若い男性がつぶやく。そして、「じゃあ、僕はこれで。会計してください。」と言って立ち上がる。
新しいブルーレイディスクがセットされて、月組『G.O.A.T』が始まる。店中が華やかな空気で包まれる。しばし画面に釘付けになる。こういう世界もあるんだなあとしみじみ思う。若い女性が入ってくる。どうやら、観劇帰りのようだ。「S席の前から三列目だった。幸せー。」などとママさんに話している。さて、今日はここまで。「ごちそうさま。楽しかったです。」と言って席を立つ。「また、来てくださいね。」という声に送られて、階段を降りる。
外に出る。人通りはますます増えている。外国人の多さが目立つ。靖国通りに出ると、物凄い人の波が続いている。これは西武新宿駅まで相当時間がかかりそうだ。やっぱり地下道にすればよかったかな。遠くの高層ビル街を眺めながら、少しずつ人混みをすり抜けながら、駅を目指す。

東京都新宿区歌舞伎町1丁目1−8
Posted by hisashi721 at 16:39│
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