片山恭一さんの小説、続けて2冊読んでみました。
モビイ・ディックといえばメルビルの「白鯨」ですが、この小説はもっと淡いトーンで貫かれています。中でもタケルという登場人物は魅力的です。猫と一緒に暮らす画家で、釣りを趣味として暮らしている男。風変わりな登場場面は宮本輝の『五千回の生死』に出てくる自転車に乗った青年を思わせます。主人公健一と恋人香澄、そしてタケルとの逃亡の旅は、彼らの喪失感をうめるための束の間の冒険となります。
『世界の中心で、愛をさけぶ』と同じく恋人を失う物語と思いきや、それは自分自身を取り戻すための長い時間の必要性と、その上での再会を希求するラストへと繋がっていくのです。
もう一冊。『空のレンズ』は前作と趣を異にしています。ネット上でのバーチャルな世界と現実世界の入り乱れた不思議な空間。その中で出会うハンドルネームの少年と少女。仕組まれた無意識導入ゲームの中で迷ってしまった彼らが、徐々に記憶を取り戻すと・・・、あっといわせる展開。
そして悲しい別れ。それは現実なのか、それすらも分からない世界で、リアルな心のつながりを持つ主人公達。最後まで一気に読んでしまいます。
目に見えないもの、分からないものを大切にし、それらに敬意を払う作者。ますます次の作品が楽しみになってきました。