2004年10月20日

思い出の居酒屋(2)・・・渋谷「三富」

渋谷中央街、「鳥竹」の裏、「澤村」の向かいにその店はあった。その名は「三富」。自分にはとりわけ印象深い店である。なぜなら初めて入った居酒屋だったからだ。大学のサークルに入った日、先輩3人がじゃあ飲みに行こうと誘ってくれたのだ。店の中はお世辞にもきれいとはいえない。壁際にはダンボールが積み上げられ、棚の上にも物がいっぱい。カウンターにも物が置いてあるので5、6人しか座れない。小上がり座敷にも荷物が置いてある。せっかく大学生になったのにこんな店で飲むのか、と侘しくなった。しかし、今思うと、これが「ちょっと古くて汚いけど雰囲気のある居酒屋」好きな自分の原点だったのである。
小上がり座敷は10人くらい座れた。ここの焼き鳥はとても大きい。よくお祭りなどで大串焼き鳥と称して売っているやつくらい大きい。でも、味はびっくりするほどよかった。塩焼きにしてもらって、ジューシーな肉を頬張るとなんともいえない幸せな気分になった。「焼き鳥は塩だな」とこのときインプットされた。

よく食べたのは「湯豆腐」。小さな鉄鍋に昆布を敷き、豆腐がたっぷり、その上に鱈が一切のせられていた。嵐山光三郎の小説に、渋谷恋文横丁で学生が飲んでいる場面があるが、これと同じタイプの湯豆腐だったと記憶している。その小説では、貧乏学生であったため、最後は残ったお湯に醤油をかけまわして、それを飲みながら酒を飲んだとある。時代が違うが、渋谷の伝統的湯豆腐のスタイルだったかと、その小説を読んだとき思った。もちろん自分たちは「お湯」までは飲まなかったが。

安いし、美味しいし、気軽な店なので3年くらい通ったのだが、その店にも最後の日が来た。のん兵衛のオヤジと働き者で口の悪いおばさんでやっている店だったが、60歳を超えてしんどくなってきたらしい。田舎の栃木に帰るという。閉店が予告されたのは1ヵ月前。その1ヵ月はせっせと通ったものだ。そして、「最後の日」。我々なじみの学生でお別れ会を開くことになった。卒業した先輩たちも駆けつけて、盛大な会になった。

店側からは、これまでのお礼にと「うどんすき」が振舞われ、我々は表彰状を用意し、仰々しく表彰式も行った。「表彰状!長い間我々のために安く、酒や料理を出していただき・・・」というわけだ。お二人は神妙に読み上げられる文章を聞き、そして恭しく受け取り、涙ぐみながら、「じゃあ、一言挨拶を。」 参加者が静まり返る・・・その後に出てきた言葉に我々は耳を疑った。

「皆さん、ありがとうございます。そんなに言ってくれるので、また続けることにします。」
えー、続けるのー。誰もがそう思ったが言えず、ぱらぱらと力ない拍手をした。その会はなんだかしらけ気味になってしまった。店が続くのはいいけど、急に続けるって言われてもなぁ。気分盛り上がってたのにぃ。という感じだ。そのメンバーで行った2次会は乱れ気味だった。

それから、1ヵ月後、本当に「三富」は店を閉じた。誰にも予告せず、突然に。思えば、盛大な会で送られるのが照れくさかったのだろう。あの夫婦らしいな、と生意気にも我々は語り合ったのだった。

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